Sugawa Mika のブログ

日々のこと、 生きたい世の中のこと、 演劇のこと

★おででこ情報★http://odedeko.com/
★芦見谷芸術の森★http://odedeko-kyoto.blogo.jp/

宮沢賢治もツェねずみに出会ったんだろうな

自分で自分のことを弱いとか、可哀そうとか、卑屈に卑下し過ぎる人って、やっぱり危ない。
傲慢で尊大で大柄な人に一瞬の内に変わる。
物事が思ったようにならなかったとき、
期待したものと違ったとき、
自分の力量の無さを痛感した時、
情けなくてみじめな気持ちになったとき、
誰かのせいにしたくなる。
実際病気で身体がしんどくて、
心も萎れて弱くなってるとき、
それは誰のせいでもないけど、
自分ばかりが損をさせられているような気になったりもする。
にんげんなんかみんな不完全で情けないし滑稽なもんだから、
まあそんな気持ちになるときもあるでしょう。
でもそのどろどろしたエネルギーに出会ってしまったときはこっちの気分もどろどろ。
宮沢賢治の ツェねずみ を思い出して、どろどろ体験も糧にしようと思ってるけど・・・


◆下記青空文庫より引用させていただきました◆
 
ある古い家の、まっくらな天井裏に、「ツェ」という名まえのねずみがすんでいました。
ある日ツェねずみは、きょろきょろ四方を見まわしながら、床下街道ゆかしたかいどうを歩いていますと、向こうからいたちが、何かいいものをたくさんもって、風のように走って参りました。そしてツェねずみを見て、ちょっとたちどまって早口に言いました。

「おい、ツェねずみ。お前んとこの戸棚とだなの穴から、金米糖こんぺいとうがばらばらこぼれているぜ。早く行ってひろいな。」
 ツェねずみは、もうひげもぴくぴくするくらいよろこんで、いたちにはお礼も言わずに、いっさんにそっちへ走って行きました。ところが戸棚の下まで来たとき、いきなり足がチクリとしました。そして、「止まれ、だれかっ。」と言う小さな鋭い声がします。
 ツェねずみはびっくりしてよく見ますと、それはありでした。蟻の兵隊は、もう金米糖のまわりに四重の非常線を張って、みんな黒いまさかりをふりかざしています。二三十匹は金米糖を片っぱしから砕いたり、とかしたりして、巣へはこぶしたくです。ツェねずみはぶるぶるふるえてしまいました。
「ここから内へはいってならん。早く帰れ。帰れ、帰れ。」蟻の特務曹長とくむそうちょうが、低い太い声で言いました。
 ねずみはくるっと一つまわって、いちもくさんに天井裏へかけあがりました。そして巣の中へはいって、しばらくねころんでいましたが、どうもおもしろくなくて、おもしろくなくて、たまりません。ありはまあ兵隊だし、強いからしかたもないが、あのおとなしいいたちめに教えられて、戸棚とだなの下まで走って行ってあり曹長そうちょうにけんつくを食うとは、なんたるしゃくにさわることだとツェねずみは考えました。そこでねずみは巣からまたちょろちょろはい出して、木小屋の奥のいたちの家にやって参りました。
 いたちはちょうど、とうもろこしのつぶを、歯でこつこつかんで粉にしていましたが、ツェねずみを見て言いました。
「どうだ。金米糖がなかったかい。」
「いたちさん。ずいぶんお前もひどい人だね。わたしのような弱いものをだますなんて。」
「だましゃせん。たしかにあったのや。」
「あるにはあっても、もう蟻が来てましたよ。」
「蟻が、へい。そうかい。早いやつらだね。」
「みんな蟻がとってしまいましたよ。私のような弱いものをだますなんて、まどうてください。償うてください。」
「それはしかたない。お前の行きようが少しおそかったのや。」
「知らん、知らん。私のような弱いものをだまして。償うてください。償うてください。」
「困ったやつだな。ひとの親切をさかさまにうらむとは。よしよし。そんならおれの金米糖をやろう。」
「償うてください。償うてください。」
「えい、それ。持って行け。てめえの持てるだけ持ってうせちまえ。てめえみたいな、ぐにゃぐにゃした男らしくもねえやつは、つらも見たくねえ。早く持てるだけ持ってどっかへうせろ。」いたちはプリプリして、金米糖を投げ出しました。ツェねずみはそれを持てるだけたくさんひろって、おじぎをしました。いたちはいよいよおこって叫びました。
「えい、早く行ってしまえ。てめえの取った、のこりなんかうじむしにでもくれてやらあ。」
 ツェねずみは、いちもくさんに走って、天井裏の巣へもどって、金米糖をコチコチ食べました。
 こんなぐあいですから、ツェねずみはだんだんきらわれて、たれもあんまり相手にしなくなりました。そこでツェねずみはしかたなしに、こんどは、柱だの、こわれたちりとりだの、バケツだの、ほうきだのと交際をはじめました。中でも柱とは、いちばん仲よくしていました。
 柱がある日、ツェねずみに言いました。
「ツェねずみさん、もうじき冬になるね。ぼくらはまたかわいてミリミリ言わなくちゃならない。お前さんも今のうちに、いい夜具のしたくをしておいた方がいいだろう。幸いぼくのすぐ頭の上に、すずめが春持って来た鳥の毛やいろいろ暖かいものがたくさんあるから、いまのうちに、すこしおろして運んでおいたらどうだい。ぼくの頭は、まあ少し寒くなるけれど、僕は僕でまたくふうをするから。」
 ツェねずみはもっともと思いましたので、さっそく、その日から運び方にかかりました。
 ところが、途中に急な坂が一つありましたので、ねずみは三度目に、そこからストンところげ落ちました。
 柱もびっくりして、
「ねずみさん、けがはないかい。けがはないかい。」と一生けん命、からだを曲げながら言いました。ねずみはやっと起き上がって、それからかおをひどくしかめながら言いました。
「柱さん。お前もずいぶんひどい人だ。僕のような弱いものをこんな目にあわすなんて。」
 柱はいかにも申しわけがないと思ったので、
「ねずみさん、すまなかった。ゆるしてください。」と一生けん命わびました。
 ツェねずみは図にのって、
「許してくれもないじゃないか。お前さえあんなこしゃくなさしずをしなければ、私はこんな痛い目にもあわなかったんだよ。まどっておくれ。償っておくれ。さあ、償っておくれよ。」
「そんなことを言ったって困るじゃありませんか。許してくださいよ。」
「いいや、弱いものをいじめるのは私はきらいなんだから、償っておくれ。償っておくれ。さあ、償っておくれ。」
 柱は困ってしまって、おいおい泣きました。そこでねずみも、しかたなく、巣へかえりました。それからは、柱はもうこわがって、ねずみに口をききませんでした。
 さてそののちのことですが、ちりとりはある日、ツェねずみに半分になった最中もなかを一つやりました。するとちょうどその次の日、ツェねずみはおなかが痛くなりました。さあ、いつものとおりツェねずみは、まどっておくれを百ばかりも、ちりとりに言いました。ちりとりもあきれて、もうねずみとの交際はやめました。
 また、そののちのことですが、ある日バケツはツェねずみに、せんたくソーダのかけらをすこしやって、
「これで毎朝お顔をお洗いなさい。」と言いましたら、ねずみはよろこんで次の日から、毎日それで顔を洗っていましたが、そのうちにねずみのおひげが十本ばかり抜けました。さあツェねずみは、さっそくバケツへやって来て、まどっておくれ償っておくれを、二百五十ばかり言いました。しかしあいにくバケツにはおひげもありませんでしたし、償うわけにも行かず、すっかり参ってしまって、泣いてあやまりました。そして、もうそれからは、ちょっとも口をききませんでした。
 道具仲間は、みんな順ぐりにこんなめにあって、こりてしまいましたので、ついにはだれもツェねずみの顔を見るといそいでわきの方を向いてしまうのでした。
 ところがその道具仲間に、ただ一人だけ、まだツェねずみとつきあってみないものがありました。
 それは針がねを編んでこさえたねずみりでした。
 ねずみ捕りは全体、人間の味方なはずですが、ちかごろは、どうも毎日の新聞にさえ、ねこといっしょにお払い物という札をつけた絵にまでして、広告されるのですし、そうでなくても、元来人間は、この針金のねずみ捕りを、一ぺんも優待したことはありませんでした。ええ、それはもうたしかにありませんとも。それに、さもさわるのさえきたないようにみんなから思われています。それですから実は、ねずみ捕りは人間よりはねずみの方に、よけい同情があるのです。けれども、たいていのねずみはなかなかこわがって、そばへやって参りません。ねずみ捕りは、毎日やさしい声で、
「ねずちゃん、おいで。今夜のごちそうはあじのおつむだよ。お前さんの食べる間、わたしはしっかり押えておいてあげるから。ね、安心しておいで。入り口をパタンとしめるようなそんなことをするもんかね。わたしも人間にはもうこりこりしてるんだから。おいでよ。そら。」
 なんてねずみを呼びかけますが、ねずみはみんな、
「へん、うまく言ってらあ。」とか、
「へい、へい。よくわかりましてございます。いずれ、おやじや、せがれとも相談の上で。」とか言ってそろそろ逃げて行ってしまいます。
 そして朝になると、顔のまっ下男げなんが来て見て、
「またはいらない。ねずみももう知ってるんだな。ねずみの学校で教えるんだな。しかしまあもう一日だけかけてみよう。」と言いながら、新しいえさととりかえるのでした。
 今夜も、ねずみ捕りは叫びました。
「おいでおいで。今夜はやわらかな半ぺんだよ。えさだけあげるよ。大丈夫さ。早くおいで。」
 ツェねずみが、ちょうど通りかかりました。そして、
「おや、ねずみ捕りさん、ほんとうにえさだけをくださるんですか。」と言いました。
「おや、お前は珍しいねずみだね。そうだよ。えさだけあげるんだよ。そら、早くお食べ。」
 ツェねずみはプイッと中にはいって、むちゃむちゃむちゃっと半ぺんを食べて、またプイッと外へ出て言いました。
「おいしかったよ。ありがとう。」
「そうかい。よかったね。またあすの晩おいで。」
 次の朝、下男が来て見ておこって言いました。
「えい。えさだけとって行きやがった。ずるいねずみだな。しかしとにかく中にはいったというのは感心だ。そら、きょうはいわしだぞ。」
 そして鰯を半分つけて行きました。
 ねずみ捕りは、鰯をひっかけて、せっかくツェねずみの来るのを待っていました。
 夜になって、ツェねずみはすぐ出て来ました。そしていかにも恩に着せたように、
「今晩は、お約束どおり来てあげましたよ。」と言いました。
 ねずみ捕りは少しむっとしたが、無理にこらえて、
「さあ、食べなさい。」とだけ言いました。
 ツェねずみはプイッとはいって、ピチャピチャピチャッと食べて、またプイッと出て来て、それから大風おおふうに言いました。
「じゃ、あした、また、来て食べてあげるからね。」
「ブウ。」とねずみ捕りは答えました。
 次の朝、下男が来て見て、ますますおこって言いました。
「えい。ずるいねずみだ。しかし、毎晩、そんなにうまくえさだけ取られるはずがない。どうも、このねずみ捕りめは、ねずみからわいろをもらったらしいぞ。」
「もらわん。もらわん。あんまり人を見そこなうな。」とねずみ捕りはどなりましたが、もちろん、下男の耳には聞こえません。きょうも腐った半ぺんをくっつけていきました。
 ねずみ捕りは、とんだ疑いを受けたので、一日ぷんぷんおこっていました。夜になりました。ツェねずみが出て来て、さも大儀たいぎらしく言いました。
「あああ、毎日ここまでやって来るのも、並みたいていのこっちゃない。それにごちそうといったら、せいぜいさかなの頭だ。いやになっちまう。しかしまあ、せっかく来たんだからしかたない。食ってやるとしようか。ねずみ捕りさん。今晩は。」
 ねずみ捕りは、はりがねをぷりぷりさせておこっていましたので、ただ一こと、
「お食べ。」と言いました。ツェねずみはすぐプイッと飛びこみましたが、半ぺんのくさっているのを見て、おこって叫びました、。
「ねずみとりさん。あんまりひどいや。この半ぺんはくさってます。僕のような弱いものをだますなんて、あんまりだ。まどってください。償ってください。」
 ねずみ捕りは、思わず、はり金をりゅうりゅうと鳴らすくらい、おこってしまいました。そのりゅうりゅうが悪かったのです。
「ピシャッ。シインン。」えさについていたかぎがはずれて、ねずみ捕りの入り口が閉じてしまいました。さあもうたいへんです。
 ツェねずみはきちがいのようになって、
「ねずみ捕りさん。ひどいや。ひどいや。うう、くやしい。ねずみ捕りさん。あんまりだ。」と言いながら、はりがねをかじるやら、くるくるまわるやら、地だんだふむやら、わめくやら、泣くやら、それはそれは大さわぎです。それでも、償ってください、償ってくださいは、もう言う力がありませんでした。
 ねずみ捕りの方も、痛いやら、しゃくにさわるやら、ガタガタ、ブルブル、リュウリュウとふるえました。一晩そうやってとうとう朝になりました。
 顔のまっな下男が来て見て、こおどりして言いました。
「しめた。しめた。とうとう、かかった。意地の悪そうなねずみだな。さあ、出て来い。こぞう。」





底本:「童話集 銀河鉄道の夜 他十四編」岩波文庫、岩波書店 
   1951(昭和26)年10月25日第1刷発行
   1966(昭和41)年7月16日第18刷改版発行
   2000(平成12)年5月25日改版第71刷発行
入力:のぶ
校正:noriko saito
2005年5月12日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

なぜ彼の戯曲が当時受けたのか?
そりゃ、愛し合ってる男女が出てくるからです。

いまや、ドラマに恋愛は当り前で、自由にくっついたり別れたりするのも当たり前の時代だから、現代人には想像も出来ないかもしれないけど、大正昭和初期の頃は、自由恋愛なんて風習は、一般の日本人には無かった。

結婚相手を決めるのは親。
相手の顔を知らずに結婚するなんてざら。

そんな時代に、貧しい男女が、恋愛し?駆け落ちし?
結婚という公的手続きを踏んでるのかどうかは曖昧ながら、
しかし二人向き合って健気に生きて行こうとする。
そんな一幕物が幾つもあるのが「岸田國士」

そんなに貧しくないカップルも勿論出てくる。
公務員とか、学者とか、親が財産持ってるとか、
金に困ってない余裕の二人は、フラットに知的に、人生には金よりも質を求める。
まあ、勿論「劇」なので理想と現実の狭間が描かれるのだけれど。

このころの他の作家の戯曲には、女を殴る男が結構出てくる。
でも、岸田戯曲には出て来ない・・・?と言い切る自信はないけど、あまり無いと思う。

暴力で黙らせるんじゃなくて、向き合って議論をする男女。
それがかみ合ってるかどうかは別としても、言葉を道具として分かり合おうとする男女。
そしてまた、議論している言葉がまあ丁寧。綺麗。日本語の美しさと日本人の知性の高さを感じる。
その言葉を選んで使う人たちの良質さが見える。

岸田國士は、大変な理想家だ。
人と人との関係、男女だけでなく、世界はフラットであってほしいと願った。

こりゃ~当時はハイクオリティーなカルチャーだったんじゃないか?
女性は、そして当時の戦争に突き進む日本の主流とは違うものを求めた男性も、
岸田戯曲の世界に憧れたんだろうね。

さてじゃあ現代は?
ヘイトスピーチや、国会議員や官僚の虚偽答弁や、相手を罵るアメリカ大統領や・・・
もう現代人は、人と人が分かり合えるとか、そんな憧れを持つことも許されないのか?

だからだろうか、今の私は「岸田國士の理想」にもう一度触れたいと、心底思っている。


おででこ須川 X 喫茶フィガロの企画「戯曲を読む会」~岸田國士編~
〆切3月10日を前に、初回3月22日はほぼほぼ定員いっぱいです。
以降のお申し込みはキャンセル待ちに成るかも知れません。

現在お申込みの方は、男女比率がバランス良くて、又20歳代から70歳代までと、
読む作品の可能性が広がります。稽古場は年齢層が広い方が断然豊かです。
実は京都演劇界で長年活躍されてるあの方もご参加表明。
とても楽しみで嬉しい!

第二回目以降、4月以降はまだ余裕ですよ。
日程詳細はおででこサイトへ http://odedeko.com/workshop/29562043.html

一年かけて、ご一緒に探求しましょう~!




と言うことがはっきりした

何とかなるんじゃないか
あの人はやってるし、自分だってと、
ぐじぐじ いじいじ 妬み 嫉み 悪あがき
もう 無理だとはっきりして

ずっと書けなかったメールを送り
ずっと書けなかった事を謝ったら
すっきりしてる自分がいる

ずっと前に結論は出てた
それに そんなにやりたいことじゃなかった かも

そしておかしいのは
書けなかったメールを送った日は
今 わたしが 本当に必要としていたことに 出会った日になった
おめでとう~わたし

自分のミッションはこっち
わたしはこっちがどうしてもやりたい
今 わたしがやりたいのはこっちなんだ

出会いから一日経って あら不思議
視界がクリアーになってきたよ
首のこりが取れて来た
脳も回転し始めたみたい

放置してた確定申告
HPの作成更新も
寒さを言い訳に 見て見ぬふりしてた 
掃除も洗濯も
やろうと言う気力が湧いてくる
身体が心ごと喜んでるみたい

はは~これかあ~
これが 本当に自分に繋がると言うことなのか
しかし(笑) こんなにも即効性があるのか

この冬はあまりに寒くて
脳の中まで凍ってたかな
身体が縮こまるだけじゃなく 心も縮こまってたかな

まったくまったくまったく 人間は馬鹿ちんだ 同じことを繰り返す
本当に 心の底からやりたいことに繋がらなくっちゃ 

忘れてたこと 思い出したよ
わたしが一番求めていたこと
これ 子供の頃から変わってなかった

わたしは楽しみたかったんだ
一杯笑って 一杯笑かして 一杯冗談言って
今 目の前の人と 本気で
今 生きてることを 心から楽しみたかっただけ 

なんだなあ


今年は節分がいつもの年より待ち遠しかったかも。
あまりいつもは暦をちゃんと追いかけたりせず、雑な生き方をしているけど、
正月よりも、節を分ける「節分」を境として、運気と吉凶が変化するのだと、
以前、日舞の先生がよく言っていたことを、この1月はよく思い出していた。
IMG_20180203_173401
小谷口家から届いたヒイラギと太巻き
今年の節分は山で新年会。
といってもこじんまりしたもので、父母私と、合鴨農家の小谷口さんご夫婦と長男のJ君。
IMG_20180203_124106

メニューは、節分用の祝い膳風な前菜と、小雪舞い散る窓外の風景にピッタリな、スイスのお鍋、チーズフォンデュと、写真を撮り忘れてますが、デザートはチョコフォンデュ。
父は、孫が小さい時に使っていたそりを、J君のために出してきて、ひとしきりそり遊び。
J君大満足だったらしく、早速作文に書いてくれたそう。

美味しいものを食べつつ、こじんまりとしたお喋りが心地よい一日。
が!節を分けられたかと思った翌日に・・・強烈な凶事が降りかかり・・・
酒の勢いで結構な距離を歩いたけど、真夜中の芦見谷の山道は恐ろしかった。
激しい疲労に体中がくたびれ果てて下山している。

う~ん、犬猿の仲だけに、申年の私には戌年は相性が悪いのか?
なんてことを考えるほど、心騒がす雑事雑音が次々と起こるのにうんざり。
こりゃ一過性の物ではなく、根本的な解決イコール、これからの私の人生の大きなテーマなのか。

陰と陽のせめぎ合いを感じるな~

そう、良いことも勿論起こってる。キャンプサイトをこのGWから正式に運営し始めるのに、
京北支所に許可について問合せたところ、地べたを貸すだけなら、特に手続きは必要ないとの返事。
良いじゃない~とホッと一息。

と言うことで、GWの芦見の森のキャンプサイトの予約受付を開始します!
詳細は間もなく公開の、新しいHPでご確認ください。二月末公開目指して作成進行中です。



山の事務所から 岸田國士と岸田理生を持ってくる。
IMG_20180205_203820

ここ数年密に関わり、エネルギーを貰っている作家たち。
しかしこのお二人の作風は岸田違いも甚だしいのだが・・・

さて、PCを閉じて、再度読み直しますわ。




一人で質の高い稽古を進めるのはしんどい。
かなりな忍耐が必要だ。

質が高かったかどうかは別にして、体力のあった30代の頃までは、
家で一人で台本を開きながら、ひと晩にワインを一本空けてた。
エモーショナルなシーンではワインの酔いも手伝って、
一人でボロボロ泣きつつ、セリフ入れてたから、ほとんど気違いっぽい。
(放送禁止用語だけどこれ放送じゃないからね)
そんな状態で夜中まで起きてたから本当に体力が有ったんだ。
そして、本当に作品にのめり込んでたんだな~

稽古には、演出=じっと見てる人。が必要だとつくづく思う。
誤解を恐れずに言うと、私は何か教えて欲しいのではない。
ただ役者がやる事をじっと真摯に見ていてほしい。「気合」を込めて。

「気合」なんだよ。演出には勿論色んな仕掛けやセオリーや方法論や思想が必要だろうけど、こと役者に対面している時に必要なのは何より「気合」だと思うのだ。
じっと見てられない状態の作品をじっと見ていたい状態に持って行くんだから。

役者は演出の悪口を平気で言う。演出は悪口言われることは織り込み済み。
目指すところは「好かれること」じゃないから。
「作品に奉仕して貰うこと」だからね。
しかし、作品に尽くさない役者が多いのよ。
また尽さない役者ほど悪口言うんだね。多分あれは尽くし方が分からないから不安が悪口になってたのかな?
尽さない役者は作品から頭が飛び出てる。そんなに自分が好きならなんで役者やるの?て聞きたいね。

さて、今回は本当に一人稽古。人間は基本的に怠惰で飽きっぽい動物だから、稽古中に久々のブログ投稿したりしてるんだなあ・・・ははは
人のこと言ってられません。自分で自分のお尻を蹴とばして、私は作品に何処まで奉仕できるのか?

さてもう待ったなしです!「冬にKWAIDAN」in Kyoto
あと1週間で本番やってきます。
冬の怪談
演劇を何故やってるんだろうという思いが年々大きくなっていた。
ここ数年、あまりにも色んな義務や責任やエゴ煩悩や虚栄や勝ち負けと、どうでもいい感情に振り回されて、実は演劇することを楽しめてなかったみたいだ。いや、これも人のせいにするのは違うな?私自身が演劇を楽しむことよりも、公演を打つこと、演劇を仕事にしなくちゃという思いに追われて、「あの出演者をもっとこうしなくちゃ」とか「ねばならない」というエンジンに噴かされていたんだと思う。つまり、人と、他と、何かもっと立派なものと比べて、そこを目指そうとしてたんだろう。

実は私は探求していることが大好き。
若い頃、ワインを片手に夜中まで台本にのめりこんでいた時の集中力。お仕事だったら出来ない。
これもじゃあアマチュア?とかいわれそうだけど、そうじゃなくて、一般的な仕事みたいに時間が来たらハイ終わりなんて甘い関わりじゃ出来ないということ。

ぼっちになって、人前に立つ機会が来る。
間違いなくお客さんは気合を込めて見てくれる。
どんな交感が生れるのか?
真剣な気の交流の中で、自分の奥底の感情にも触れてみたい。
演劇好きかどうかとか。
これからどうやって生きていきたいのかとか。






先日下高井戸に行ってきた。
IMG_20170902_201536

若さと体力と馬鹿さもあった30代の頃、8年住んでた下高井戸には思い出が一杯あって、美容室「リズム」さんがある。
お店のブログ→http://rhythm329.blog.fc2.com/

こちらオーナー夏川さんがたった一人でやってる完全予約の気持ちの良い清潔なお店。
気がつくと長いご縁になってた。くせ毛で鉢の張ってる特殊な私の頭を把握して、いつもうまい具合にカットしてくれて、伸びても形が崩れにくいという優れ技!
ヘアメイクにさほどお金をかけ無い私にはもって来いで、結局他の美容院では満足できなくて、川越に住んでた10年の間もちょくちょく通わせてもらってた。
「え~京都行っちゃうんですか!やっと東京に戻って来たと思ったのにお客さんが一人減る・・・」と、割り切ったコメント(笑)

私も残念ですよ。京都で気の合う美容師さんに巡り合えるかしら?流石に京都からはそうちょいちょい通えないから、しばらくはもつようにかなり短めにカットしてもらう。

芝居も何本も見に来てくれた。本番前にカットに行く時は、稽古中の愚痴も含めて話してたから、そんな私の裏話を突き合わせながらの本番の舞台は尚更面白かったんじゃないかしら?こちらも感想を聞くのが面白かった。客商売で沢山の人を見てるからコメントがなかなか鋭い。

長い年月の間に人は変わる。元々はお洒落でカッコいい青山あたりのカリスマ美容師に憧れて美容業界に入ったそう。でもここ最近はアウトドアに目覚めて山にハマりだしてて、望むものが180度方向転換してるとか。私もだな。京都芦見谷のワイルド空間の話をすると、最初はみんな「へ~須川さんが?!」て顔をする。猟師免許取ろうと思ってさと話すと「え?え~?!」と目がでっかくなってびっくり笑いになる。

彼は本当にカットが上手いから、良い美容師さんを探してる方にはお勧めです!


昨日は、こちらも私の芝居を長く見てくれたKさんと、新宿で送別飲み第二弾。Kさん終演後はすぐに帰ってしまうので、あちらは私を見てるけど、私がKさんに会うのは久しぶり。8歳のお嬢さんとキャンプに行く話をしてくれる。

「アウトドアなんか何が面白いんだと思ってたんですけど、ちょっと危ないことを経験させるって大事です」「現代日本のシステムなんて砂上の楼閣というか危ういところに立ってるんですから、当たり前だと思ったらだめです」「火のつけ方を教えなくちゃと思ってね~薪だって先ずは火が付きやすい物から付けてダンダンと太い薪に移さないとね。チャッカマンで付けたらすぐつくと思ってるんだな~」「AIで仕事を奪われる時代だからこそ正解を出すだけの勉強は駄目ですね」「何も無いところから創り出す発想と逞しさが無い人間は無用になります」「TVは見せないんです。ぼ~とTVを見続けると思考停止しますからね。でも僕は凄くTV子だった。TVが無いと辛いかと思ったけど平気ですね」「本を読ませてます。好きな本を選ばせます。漫画でも本人がそれが良いなら買うんです。こちらから押し付けるのは違うと思ってね」「みんなこれが無いとダメだと思わせられすぎてるんですよ」「加齢臭だって昔は誰も気にしなかった。あんなの消臭製品を買わせるための恐怖心の植えつけですからね」

私も脅し文句で従わせようとする全てのものが嫌いだ。

「脇汗をかくと信用されませんよ!すね毛処理しないと仕事が出来ないと思われますよ!原発が止まったら原始時代になりますよ!日本は終わりますよ!中国に乗っ取られますよ!北朝鮮からミサイルが飛んできますよ!沖縄を踏みつけないとアメリカに捨てられますよ!走り続けないと落ちこぼれますよ!サラダをとり分けてあげないと女子力が有りませんよ!」

くそ~全く下らない情報が多すぎるよ~!って本当に腹が立つ。

19時から飲み始めて気がつくとアッと言う間に23時。Kさんとのご縁が続いてたのはだからだと改めて思う。Kさんは私が短期派遣で勤めた某コールセンターの社員さん。凄く怖いSVさんや、神経質でヒステリックな社員さんが居てさっさと私は辞めてしまった。でもKさんによると神経質だった社員さんは、実はあの頃辛い結婚生活の最中で、そのあと離婚を決意したらすっかり穏やかな良い人に成ったとさ。

殆どの人は根っからの悪人じゃないんだね。

それからもう一つ、昨日の会話の中で印象的だった言葉。
「掠め取ろうとしてるせこい奴ばっかりなんだ。資本主義のシステム自体が上前を撥ねる。掠め取ろうというシステムだからみんな掠め取り合っててせこいね~」

インテリは一見きれいに見せかけたり巧妙に言葉で偽装するのが上手いけど、搾取された奴は搾取する相手を物色してる。ってのは私がこのところひしひしと思うこと。
それはつまり虐められた人間が虐めっ子になる事にも似通ってて心底ぐったりする。
現生ご利益主義者の何がやだって、理想が低いことと志が低いことと、貰うことばっかりで尽くさないってこと。


今夜は池袋界隈で送別飲み第三弾!10年前のルティ・カネル演出舞台で共演したヴィオラ奏者生ちゃんと。彼女とは何とも不思議にウマが合って、何年も会ってなくても気になる人。最近はどうしてるのか会うのが楽しみ。

第一弾の送別飲みはじつは早くも先週終了してる。20代からの付き合いになる志保ちゃんと両国でちゃんこをご馳走になりました。ご主人と初対面の息子君もご一緒に。息子君、意志の強そうなあごのラインが志保ちゃんにそっくりで笑ってしまう。
志保ちゃんとは演劇繋がり&バイト繋がりでした。もう20年越しの付き合い。彼女は今がんばって自分の事業を展開してる。演劇にも大変密接な呼吸に関わる事。彼女のブログは→https://ameblo.jp/yasu-bon610/entry-12283681435.html
私に送別プライベートレッスンをしてくれるとの事。楽しみだわ~!


会いたいと思ってくれる人と会って語って飲む。
地球の裏側に行くわけじゃ無し、京都と東京なんて同じ日本の中だし。
でも、東京を離れる前に会いたいと思ってくれる人と東京各所で再会再訪問。
まるで東京に区切りをつける東京巡礼のような。

東京在住31年と6か月。
ただ今最後の一か月を通過中。


いつもの事だが 時間が飛ぶ ように過ぎる
おででこ第十回公演「宵待草」小屋入りまで3日
宵待草フライヤー表面

やることはやって来たけど
でもまだやれることは有る

5人のキャストがほぼ舞台上に出ずっぱり
決して長い作品ではないのに
通した後の消耗具合・・・

でも守りに入っても詰まらない
もっと出来る 瞬間瞬間を5人で運ぶ 
開いて 信じて パワフルに 繊細に 丁寧に ケレン味たっぷりに

どうぞみて下さい
おででこの「宵待草」
岸田理生さんのセリフの魔法
美しくて 難解で 右脳が刺激される世界


第11回岸田理生アバンギャルドフェスティバル参加作品
作:岸田理生
演出・上演台本:須川弥香

あんたは待っているんです
誰だって待っているんです
何かを待っているんです
待たせちゃいないから気が楽だなんて臆病
誰も待ってないのは
あんたにそれだけの甲斐性がないからですよ

東京会場〇こまばアゴラ劇場全3回ステージ
アクセス http://www.komaba-agora.com/access
日程:7月1日(土)19時 アフタートーク有り
   7月2日(日)13時 ・ 17時
前売り:3500円 当日:3800円
チケット予約:https://ssl.form-mailer.jp/fms/99b125f7440341
電話03-6903-2748 メールodedeko2010@gmail.com

出演者◎山谷勝巳・知野三加子・山下潤・本庄由佳・すがわみか
スタッフ◎舞台監督:青木規雄 照明:森田三郎 音響:斎藤裕喜 舞台美術:おででこ 宣伝美術:宮村かおり 制作:おででこ、川井麻貴(SEABOSE)


京都会場〇【リオフェス in Kyoto】 芦見谷芸術の森野外ステージ
京都市右京区京北細野町芦見奥13-1(京都駅から車で60分)

日程:7月28日(金)プレ公演 1500円
   7月29日・30日(土)(日)1日券2500円 二日券4000円


理生作品をモチーフにした演劇・ダンス・演奏による真夏
の競演 参加団体:おででこ・URARA・世田谷表現クラブ・野村雅美・他

29日・30日のみ最寄りバス停「細野口」からの送迎有り。

チケット予約:https://ssl.form-mailer.jp/fms/99b125f7440341
電話03-6903-2748 メールodedeko2010@gmail.com


昨日、国会で共謀罪が強行採決された。
彼らが共謀罪を欲しがってるのは何故か?この法律が成立した日本は今よりも素敵なのか?
そのことを自分の頭で考えている人はこの国に何パーセントいるのだろう?表現者と名乗る人たちの何パーセント?演劇人と名乗る人たちの何パーセントいるのだろう?


GW芦見谷の企画について。
今回は5/3-5/7の期間中に滞在者用の小屋作りと、夜は芝居の稽古もしつつ、5/6(土)にその稽古の成果発表であるリーディング公演を行うという、猛烈合宿型のプロジェクトでした。
リーディングは、「非戦を選ぶ演劇人の会」が毎年呼びかけている企画に、「おででこ」として初ジョイン。
IMG_20170521_010845_208

「9条を好きと言えなくなって」(20分・2014年初演 作:篠原久美子 + 非戦を選ぶ演劇人の会
『茶色の朝』 フランク・パブロフ作、藤本一勇訳、大月書店刊  
の二作品。

出演希望者には、上演作品は前もってオープンにしている。三日間の夜しか稽古が取れないので、作品をとにかくよく読んできてほしいとメールを入れた。三日間全て稽古に参加することを条件としていたが、遅れて参加する方も居た。拠点が東京の「おででこ」繋がりの参加者は、今回は全て東京から。GW中、東京だけでなく全国各地でキラキライベントが沢山あるのに、結構な交通費を使い京都まで。それも京都の秘境京北の、携帯圏外ワイルドな森の芦見谷まで、D.I.Yで肉体労働しつつリーディングもすると言う企画に来てくれる・・・・改めて書くと凄いね参加したみんな!自分の直観に従って行動に移せる人たち。その心意気とアクションが嬉しくて、遅れて参加の方もみんな出演してもらうことにした。


「9条・・・」は非戦を選ぶ演劇人の会がHP上で発表している台本。「茶色の朝」は私が選んだ。私自身がいつか朗読したいと思っていた作品だ。
夕方作業を終え、みんなでご飯を食べて、五右衛門風呂に入り、宿泊所としてお借りしているログハウスで(今クラウドファンディングで獲得を目指しているログハウスです)初日の稽古開始。初日から参加しているのは、おででこ常連、芦見谷リピーター組、知野三加子(劇団SWAT!)本庄由佳、宮村(セツコの豪遊)、そして佐野明日奈ちゃんは、3月のおででこ発表会を見に来て触発されての初参加。まず問題になったのは「9条・・・」について。ある出演者から、余りにも直接的な言葉で書かれている台詞をどう発話すればいいのか分からないと意見が出る。

「葛藤が無いですよ」
「みんな同じ賛成意見で最初から結論ありき」
「正直やりたくないです」

庇う訳では無いが、彼女のこの強気な発言は、作品を真剣に読み込み考えて来たからこそ出る。稽古が始まって直ぐに、思いのたけをぶつけるのは、若いな~とも思うが、彼女なりに悩んだ証拠。書かれている細かい法律用語についても一々調べて来ているという誠実さに本気さを見る。

そう思う半面、「アタリマエだよ須川君」と師匠の声が脳内で響くのも確か。
次元の低い話で、そういう出演者がいるのは主催として情けないが、読めない漢字にルビを振る事さえせずに、詰まっても人に教えられる事を恥じとも思わないで稽古場に来る人が多くなった昨今・・・「許しちゃ駄目だよ須川君」脳内で師匠の声が響くが、あまりにその手の人たちが増えてくると一々注意する気も・・・

話が逸れた。

他の参加者からも意見を出してもらい、書かれている内容を租借し、共通認識をとる作業で初日の稽古は終わる。こういう対話が大事だ。作品について自分の好き嫌いも含めて話す。自分が読んだ所感や意見や好き嫌いを共演者に伝える。共演者が思う意見や所感を訊く。この意見を言い合うことが大事だと思う。自分の与えられたパートだけを熟せば良いんじゃない。他の共演者が何を思うのか?今回の稽古がどこを目指しているのか?木を見て森を見ずでは、全体の中の唯一無二の駒として自分を生かせない。逆説的だが真実なのは、自分の事ばかり考えていては自分を生かせない。自分を捨てて自分が生き始める。俳優、役者とはそういう作業をする者の事だ。
稽古とは、「古きをたずねて新しきを知る」行為。粘り強く胆力をもってその行為を楽しむこと。
もうすでに知っている事柄も、稽古するたびに新たな発見をする心の若さと謙虚さを持つ者が俳優。
「もうやりたくない」と稽古初日に言った彼女には、「稽古を重ねてもやっぱり嫌ならこっちの作品は参加しなくても良い」と伝える。「稽古を重ねても」そう思うなら強制はできない。でも、好きじゃないから遣りたくないでは俳優は無理だ。好きじゃなくて遣りたくない役を自分の血肉にして、どう自分ごとにして発話するか?この作業が稽古すること。作品を自分に引き寄せるのではなくて、自分が作品に近づく行為。自分から近づく。自分を変える、自分のレンジを変える。この特殊な作業が、俳優が稽古するということ。自分との格闘に近いこともままあるのが稽古。
今回は特に参加資格を設けていない。初めて演劇しますという人から、演劇経験豊富なベテランまで、参加したい人は皆どうぞ!だけどその中で、創作のゴールを一応どこかに設定しなければならない難しさがある。みんなの意見を受けて、初日稽古解散後は一人台本アレンジに取り掛かる。


2日目も朝からD.I.Y。天気がいい。みんな6時前には自然と起き出して、竈に火を起こしてご飯作り。食卓の準備。ドイツ人宮大工Peter Parsh さんが9時に到着。9時半から2日目の作業開始。昨日もたついていた作業も1日やるとみんな手慣れたもので、作業のスピードもアップ。進捗が目に見えるのはやる気が出る。ご飯作り担当も全員で回す。2日目になるとある生活リズムが生まれて来て、言われてやるのではなく、それぞれが気がついた事や出来る事をやるという、静かで親密な心地よい空気がグループに生れている。この日は夕方には燐光群の桐畑理佳さんが到着予定。本当は初日からの参加を表明してくれていたが、直前にアクシデントが発生し一時は参加断念。でも何とかやりくり付けて2日目の夕方に到着してくれました。バス停に迎えに行く。続いて自分の車で現れたAsh(カワサキアリス代表)2015年以来2度目の芦見谷登場。昨年のGW燐光群企画の「楽屋フェス」では女優B役で、おででこの楽屋に参加。この芦見谷で「楽屋フェス」繋がり3人が同時に再会。

今回の動画はこちら

2日目夜の稽古は新たに二人が加わり「茶色の朝」に取り掛かる。
ここでも本をどう読むか?その作品の肝をどうとらえるかの差が現れる。この作品ならやりたいと言う者。これは難しいと言う者。様々な出自を持つ女優たち。作品をどうとらえるかが個性で、自身の思想と履歴がその個性を形作る。
「茶色の朝」フランク・パブロフ作、藤本一勇訳、大月書店刊。は、一種寓話のような、詩のような、恐い内容ながら文体が美しい。フランス語はまるで駄目な私には原文は読めないが、フランス語から日本語への訳者の言葉選びや文章のリズムも素晴らしいのだろうと思う。パブロフがこの物語を書いたのは、極右政党のマリー・ルペンが初めてフランス大統領選で決選投票に残り、シラク大統領と一騎打ちを演じた2002年のころ。極右の台頭を許す社会への警告として、パブロフはこの作品の印税を放棄し、たった1ユーロの定価で出版した。2002年から15年がたった今年、マリー・ルペンの娘マリアーヌ・ルペンが、フランス大統領選挙で再び決選投票に残ったが敗退した。しかし世界はパブロフの警告通りに進んでいるようだ。アメリカではトランプが大統領になり、日本では安部が首相の座に座り続け、2020年に憲法改正と言い出し、今国会で共謀罪を成立させようとしている。パブロフが世界に発した警告音はますます大きく響いているが、みんなが無関心でいる間に、世界は、彼が描いて見せた「茶色の世界」に向かってすさまじい勢いで塗りかえられているようで、悪寒と吐き気を覚える。

なぜこの作品を選んだのか? 
それはつまり今の日本が、今の世界がこうだから。なぜ9条なんて政治的なお題を?その事も説明しなくちゃいけないの?と思うと正直しんどいが、それはつまり、今あなたが手にしている宝物を、良く知りもしないで手放してしまう前に、出演者も観客も先ずは知る事が大事じゃない?知って自分の脳で思考してこれからあなたが生きたい世の中を決めても良いんじゃない?と、心底思っているからですよ。
しかし分かってはいたものの、この重要な要素を沢山持つ作品二本。出自の違う出演者が、感性も思想も社会への関心の持ち方も違う出演者が集まり、たった三日でリーディングとは言え命を宿すことは困難の極み。

二日目の稽古が終わり、母屋に戻り飲み直す。母は既に床に入っている。今年77歳になる父の眞一は癌の治療ですっかり体力が衰えているが、みんながこうして芦見に集まってくれたことが嬉しくて仕方がない。嬉々としてお喋りに付き合っている。父眞一は、劇団ふるさときゃらばんの制作をしていた時期が有った。私が十代の頃で、ある意味で人生の危機だった頃だけど、北海道ツアーと九州ツアーに同行した。それが無ければ私は演劇はやっていないのかな?なんとAshと桐畑さんもそれぞれきゃらばんと縁があるとの話で盛り上がる。そのきゃらばんは一昨年、演出の石塚さんが急逝して解散した。解散の時に譲ってもらった照明器具の幾つかは芦見谷で引き継いでいる。
お借りしているログハウスの電気は発電機を回している。疲れているだろうに父が起きているのは、みんなが床に入った後、発電機を切らなくちゃいけないからでもある。


三日目の朝も良い天気。このまま明日のリーディング公演を迎えて貰いたいと思う。3日目の午前中に本庄由佳の演劇つながりではない友人?同僚?の安藤さんが関東から到着。今回唯一の男子参加。おまけに都会的なイケメンさんだ。彼はD.I.Yの心得が有ると見えて到着してすぐに丸鋸でバシバシ材木を切断してくれる。女だらけのD.I.Y現場にイケメンが一人加わり何だかみんな賑々しい。午後には鈴木陽代さん到着。こけら落とし以来二度目の芦見谷。これで出演者が全員揃う。作業が出来るのはこの日で終わりなので、可能な限り、出来るところまで進める。

三日目の作業動画

そして夜、出演者全員集合で稽古開始。「9条・・・」の台本のアレンジをみんなに伝える。元々2014年に書かれたが、たった3年前なのにもう同時代性を感じられない部分をカットする。しかしその事からも、慎重であるべきはずのことが凄まじい勢いで進行している事を感じる。こんなに急激に変化することが良いはずない。何の拘束力もない「閣議決定」乱発して、既成事実化する安部政権の「そういう手」に乗せられて良いはずない。「9条・・・」は文学的な台本ではないかもしれないけど、そのことをきちんと言葉で伝えてくれている本だ。表現者である私たちにとって大事な部分、例えば報道の自由度ランキングが今日本は何位なのか知っているだろうか?私も正確には知らなかった。2010年11位だったのに、2013年12月特定秘密保護法が公布され、2013年一気に53位に転落。2015年61位、2016年72位・・・2017年は更に転落するだろう。このブログで2013年と2014年の12月に、特定秘密保護法の事を書いている。一名も無い演劇人として、普通の日本人として危機感を持っているから書いている。そして2017年共謀罪成立?・・・あなたは密告奨励社会に住みたい?ブレヒトの「第三帝国の恐怖と貧困」ナチスの時代に奨励されたのは密告。実の親でも売り飛ばす。そういう法律がこの共謀罪。

わたしがこの作品を選んだのは、「もし本当に共謀罪が成立したら、来年は芦見谷で【9条】を題材にしたリーディングはいよいよ出来なくなってしまうかも知れないから」


台本アレンジは成功したようだ。盛りだくさんの内容がすっきりした。短い稽古でたどり着くべき範囲がくっきりした。初日稽古でやりたくないと言っていた彼女も満足気。明日は朝八時から野外ステージでリハ。そして開演の準備。

翌朝はどんより曇っている。降水確率は50%。朝ご飯を食べて、早々にリハ。昨日飲みながらの提案で、Ashの琵琶の演奏を入れることになった。ほとんどぶっつけ本番だ。去年の杮落しでは観客が30人来てくれているが、今回は送迎の車を出さないので自力で来れる方に限られる。

リハ後私はPCに向かい当日パンフを用意する。私も出演者の一人なんだから化粧もしなくちゃ着替えもしなくちゃだ。駐車場の準備や会場の準備をみんなでしてくれている。出演者じゃない安藤さんが、眞ちゃんと色々準備してくれて大助かり。開場11:30、PC作業を一区切りして外に出たら、雨が降っている。12時、降りがますます激しく本気度を増していく。おやおや・・・
「どうしますか須川さん?」みんな私の顔を見詰める。どうするか?決めないとね。決断するのは私だ。最悪止まない時はログハウスの一階を会場にすることにして準備続行。

しかし・・・こんなに本気で降ったら客足に響くよ~

キャンプサイト整備の工事で相談に乗ってくれていた三好さんが、お子さん二人を連れて到着。
こけら落としでも協力してくれた従兄、清水焼ろくろ師の良太さん「これは止むで~」と言いつつ到着。さるうやオーナーの千葉君到着。宮大工則藤さんと、Peterさんも到着。おででこ京都事務所の大家の山田さん到着。そして嬉しいことに金沢から岡井さん到着。去年東京で参加したヤルマーのフォーラムシアターワークショップ。金沢での実施会場を提供していたのが岡井さんの劇団。金沢の後ヤルマーは芦見にやって来て、スペシャルワークを開いてくれた。
IMG_20160802_084532

IMG_20160803_051811_255
2016年夏ヤルマーさん in 芦見谷

今回のお客様はここ止まり・・・
寂しい状況なのは雨が原因か?
それとも9条か?
天気はと言うと、これがまたこけら落としのミラクルアゲイン!
13時の開演丁度にピタッと上がって日が差して来た!
18485860_1241254419333835_7449730769928036433_n
出演者一同雑巾を持って野外ステージに向かい水溜りを拭いて、
15分遅れで開演!

くそ~!芦見谷の神様に試されてるな~「それでもやるのあんたたち?」

二本のリーディングはあっという間に終了。
母屋のデッキの下でそのままアフタートークに入る。
昌子さんが売り物として沢山用意した、おにぎりやカレーを振る舞う。もうフリーでどうぞ~
ビールで乾杯。車で来ている人にはフリービール。


アフタートークの様子を、私の曖昧な記憶だが自分のために書き残します。細かい所は違っていると思う。異論が有る方は訂正をお願いしたい。
最初は型通りのサンクススピーチの応酬で普通な感じでスタート。
Mさんが、テレビを見ながら、小学6年生の息子さんと、北朝鮮やっつけちゃえ!と、「9条・・・」の台本の中に出てくるような会話をするのだと話してくれる。だから二本のリーディングを聞きながら色んな事を考えたと。
C君からは、「何でみんなこれをやろうとしたんですか?」と質問。彼とは東京で「ブレヒト作品」で共演したことが有り、今回出演しないかと誘っているが、やはり9条に思案して、まるで選挙応援のポスターを入口にかけてるレストランみたいで嫌だと断られた。
彼の質問には、自身も演出で団体主宰者のAshが、「女性演出同士の私に興味が有るし、芦見谷がどうなっていくかに興味が有るから参加した。この政治的作品をどう演出するのか興味が有った。憲法を若い頃に研究していたから久しぶりにその若い頃に感じたことを台詞言いながら思い出した」と答える。
Aさんからも、「みなさん何故これをやってるんですか?やっている人は何を思っているのか?私は戦争が良いか悪いかは判断がつかない。武器を持たされて敵を目の前にして、まさに撃たなければいけない瞬間にならないと判断できない気がする・・・戦争に対する実感が無い・・・」
この質問には私が作品を選んだ者として答えた。「この作品をやることで、観客も出演者も考え始める切っ掛けにして欲しいと思っている。正直言って短い稽古の為に、本当ならば出演者同士が了解しているはずのコンセンサスが取り切れていないので、演者それぞれに委ねている」という言い方をした。
このAさんの意見を受けて、押し黙っていた観客の皆さんが話し始めた。
Yさんが、「戦争は絶対駄目だ。戦争を起こしては駄目だ」と明快に言い切った。
Oさんは、「私たちは国同士ではなく人同士であるべきだ。以前イスラエル人と共同創作をしたときに、友人から絶交だと言われたが、なぜそういう反応になるのか?そうやって国対国で一括りにせずに、個人である人と人が繋がる事が大事だろう」という主旨の発言が有った。
Rさんは「息子が丁度就職活動をしている22歳だが、戦争になったら行くのは俺らやんな~やっぱり嫌やな~と話すことがあるね」との発言。
それを受けて明日奈ちゃんが、「私同じ22歳だけどそんな風に考えたことなかった・・・」

Aさんは会社員だ。私より少し若い世代。野球をやっている男の子のお子さんが居ると聞いた。もしこの先近い将来日本が大手を振って戦争出来る国になり、もし徴兵制が敷かれたら、男の子は強制的に鉄砲を持たされる。70年前の戦争の時のように、普通の大学生が学校を強制的に辞めさせられて、南方や中国に送り込まれて殺し合いをさせられるような時代が再びやって来たら、敵を目の前にして撃たなければいけない瞬間に直面するのは、Aさんではなく息子さん世代だろう。Aさんも私たちも残念ながらラッキーなことに年齢的にはセーフ。セーフティゾーンの中。
ちなみに今国会で、日本を戦争出来る国に作り変えたいと法整備を急いでいる安部首相も自民党の閣僚も公明維新の議員もみ~んなセーフティゾーンの中。自分ではない誰かが鉄砲の前に立ち、殺し合いをしてくれることで、「経済を回せるようにしよう」というのが今の日本政府が目指すところ。戦争経済の為の法整備。その事がくっきり想像できたなら、そのことまで明確に連想できたなら、そのことについて考え始める切っ掛けになったなら、芦見谷まで来てくれた意味が有るように思うんです。

一番年長のNさんが、「戦争が終わった時は8歳で、広島の近くの福山に居たけど、グラマンに機銃掃射で撃たれたの覚えてるわ~。今はそんなことしたら問題やろうけど、戦争中は先生にぶっ叩かれて、今でも左の耳がよう聞こえへんねん。そやからな、戦争が終わった時嬉しかったな~民主主義ってええもんやな~と思ったな~」

普通の人が語る実感。こう言う体験を生で聞けたなら、ピースリーディング企画をする必要は無い。
だんだんと、体験した世代が亡くなって行くから、あえてこう言うことを考える場を作らないと、集団としての記憶を継承していけなくなる。演劇は、集団としての記憶を語り継ぐ装置として発達した部分を持つ。娯楽としてだけではなく。


今回はとても消耗した。父も母も疲れたと思う。癌の科学治療で体力を奪われている父はこのところ弱気な発言をするようになった。アフタートークで、何故そう言いう流れになったのか?「この場所を引き継がないかと親戚や身内の若い子に話してきたが、なかなか本気に成る人が居なかった。でも突然この人が(私を指し)芸術の森を創ろうと言い始めて、ここが未来に引き継がれる希望が出て来ました。僕たちはもうすぐいなくなる。ここは皆さんの場所です!」と泣いた。
最終日の朝、疲れ果てて7時前まで起き来ない両親。みんなお腹を空かせているので、今日の朝ごはんの材料を聞きに両親の寝床に向かうと、目を閉じたまま上向きで、布団から出した手を握り合っていた二人。
この芸術の森創りを前に進めて行きたいと思っています。
クラウドファンディングへの挑戦もどうぞ応援してください。1000円から応援してもらえます。訪れた人みんながアーティスト、作り手になれる森創り。どうぞ芦見谷のこれからの未来を一緒に作る仲間になって下さい。



他の演出さんの稽古場はよく知らない。私が役者として他団体に出る時は、とにかく難しいことを楽しみたいと思っている。役者のM性を発揮出来るから嬉々としてるだろうと思う。

私が演出の稽古場は、過去に強烈なプレゼントをくれた演出さんたちの真似をしています。節操なくても良いものは真似ます。これまで「師匠」と言える演出に4人出会っている。多い?少ない?誰かと比較は出来ないけど、その4人に出会った私はラッキーだ。私の稽古場ではそこここに、場面場面で、濃度を変えて、常にその4人の要素がミックスで立ち込めていると思う。

演出のYESマンばかりの稽古場は一見うまく行ってるように見えて、本当に面白い物は創造されない。
かと言って、物事を勝ち負けで判断する人たちは疲れる。意見を言うことと同じくらい、人の意見を聞いて、自分がミックスしていくことが大事。演出に勝ちたい思いが強て反発だけしてても不毛だ。
「仲良しでこの座組最高!みんな有難う~!」とFBやブログに書かないとマナー違反とか思ってるのはもう・・・私とは関わり合い無い。それって表現者ではなくてなんか別物でしょ?基本的にみんな人の目を気にし過ぎで、自分の本当の感情にアクセスできてないから型通りの当たり障りのないキラキラワード。一種の現代人病だと思う。

じゃあ、私はどういう稽古場を求めているか?
私自身の今のテーマは「本音で対話」しあう表現者たちです。
日本人は議論が下手です。フラットな立ち位置で人間関係を捉えられないから、相手にシンプルに自分の意見を言うことも、相手の話を聞くことも下手。これは国民的弱点。国家的な課題だと思う。
意見を言ったり、人の意見を聞いて自分の意見が変わる事を楽しむ知的な楽しみ。変化する自分を恐れずに楽しむ。知的好奇心とブレインストーミングをお互いに味わい楽しめるメンバーが、頭でっかちにならずに体で変化を感じ取って、前に進んでいくパフォーマー達との稽古。

さて、7月リオフェスに向けて稽古が進行しています。今回は長い稽古期間を取って、全員参加できる体制で少しずつ進めています。これも昨年の反省から。失敗はそのまま放置すると失敗だけど、そこから学べば良い。


↑このページのトップヘ