Sugawa Mika のブログ

日々のこと、 生きたい世の中のこと、 演劇のこと

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昨日決算と来期に向けての具体的なミーティングを持つ。
もっとより良い、より高次元の創造に憧れて、仕切り直しの第一歩。
済んでしまったことに私自身が心も身体も囚われてる場合じゃないので手放します。

このブログの頭に書いていた事件の詳細は削除しました。
いつかまたその顛末が一般論として自分が面白がれるようになったら、
何処かで出すかも知れません。作品の1シーンとかでも有り得ますね。

私は今相手のことより自分に目が向いている。
悔いてるとするなら自分の危機管理の甘さ。
本番で事が起きる前日のリハで、こちらの言葉を遮ってしゃべらせない物言いにすでに兆候が有った。打ち合せの時とは打って変わってたその態度をもっとシビアに捉えるべきだった。それに今から思えば、舞台監督にリハ日までにリハの進行は通常どうしているのかを聞いておくべきだった。(リハ後にメールしたけど後の祭りだ)

私自身の価値観とは相容れない、これからだって絶対出会う人種、
自分と同世代から上、特に父親世代に近ければ近い男であれば尚更、出会ったときにどうするか。男だ女だ、素人玄人、京都弁か標準語か、勝ちか負けか・・・色んな角度から簡単にバイアスがかってしまう相手と仕事をせねばならない時に、こちらの要望を飲み込むんじゃなくて、喧嘩するんでもなくて、どこまでも交渉事として話し合う方法。今年もNVCの学びは欠かせない。

通じる言葉で共感を引き出しながら、でも問題は、時間が無いときほど難しくなる事。物事も人の心も拗れるってこと。
この痛みから本当に学びたい。


以下2月18日記載の後段
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それにね 私は本当に幸せな演出なの
怒りにからめとられて台無しにしたくない
「珈琲店で戯曲を読む会」公演メンバーは、
密な素晴らしいチームワークを熟成させた
三本の作品をオムニバスでなく同時進行にした困難な構成を忍耐強く形にして
観客は本番中テニスのラリーを見るように
舞台上で展開される三つの物語を食い入るように追いかけていた

オカルトみたいな奇妙な終わり方になったにも関わらず
観客は面白かった!と素直に感激してくれた

個々の役者もそれぞれが自分の限界に挑戦した
私の難しい要求に
時には混乱しながらも
真摯に誠実に全身全霊でコミットし始めて
勇気を持って自分を開いて
相手役へのアプローチを変えて
高いハードルを越えた瞬間が沢山あった
その瞬間を私は見た
みんなのその一つ一つの変化
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一昨年東京を離れ京都で演劇をリスタートして
みんなと出会った忘れられない一年
昨年7月から9月にかけては
大雨、台風で繰り返し芦見谷が被害を受けた
三年前に父と一緒にペンキを塗った事務所も
台風で完全に吹き飛ばされてゴミ屑になってしまって
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残骸の片付けをしながら苦しそうに肩で息をしていた父
その後あまりに突然に、10月3日の自分の誕生日に他界した父
葬儀を行った翌週には
KYOTO EXPERIMENT本番
客席に座る母の隣には父の代わりに叔母が座っていた

ダンスwith世田谷表現クラブ@芦見谷芸術の森で


そんな全てを見ていたみんな
去年3月から始めた戯曲を読む会も
Kyoto演劇フェスティバルが終わって一区切り
今回必死になって一緒に作品作りしてくれたみんなと
必死にものづくりする面白さを知ったみんなと
更なる創作の場を持とうと思う
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宮沢賢治もツェねずみに出会ったんだろうな
自分で自分のことを弱いとか、可哀そうとか、卑屈に卑下し過ぎる人って、やっぱり危ない。
傲慢で尊大で大柄な人に一瞬の内に変わる。
物事が思ったようにならなかったとき、
期待したものと違ったとき、
自分の力量の無さを痛感した時、
情けなくてみじめな気持ちになったとき、
誰かのせいにしたくなる。
実際病気で身体がしんどくて、
心も萎れて弱くなってるとき、
それは誰のせいでもないけど、
自分ばかりが損をさせられているような気になったりもする。
にんげんなんかみんな不完全で情けないし滑稽なもんだから、
まあそんな気持ちになるときもあるでしょう。
でもそのどろどろしたエネルギーに出会ってしまったときはこっちの気分もどろどろ。
宮沢賢治の ツェねずみ を思い出して、どろどろ体験も糧にしようと思ってるけど・・・


◆下記青空文庫より引用させていただきました◆
 
ある古い家の、まっくらな天井裏に、「ツェ」という名まえのねずみがすんでいました。
ある日ツェねずみは、きょろきょろ四方を見まわしながら、床下街道ゆかしたかいどうを歩いていますと、向こうからいたちが、何かいいものをたくさんもって、風のように走って参りました。そしてツェねずみを見て、ちょっとたちどまって早口に言いました。

「おい、ツェねずみ。お前んとこの戸棚とだなの穴から、金米糖こんぺいとうがばらばらこぼれているぜ。早く行ってひろいな。」
 ツェねずみは、もうひげもぴくぴくするくらいよろこんで、いたちにはお礼も言わずに、いっさんにそっちへ走って行きました。ところが戸棚の下まで来たとき、いきなり足がチクリとしました。そして、「止まれ、だれかっ。」と言う小さな鋭い声がします。
 ツェねずみはびっくりしてよく見ますと、それはありでした。蟻の兵隊は、もう金米糖のまわりに四重の非常線を張って、みんな黒いまさかりをふりかざしています。二三十匹は金米糖を片っぱしから砕いたり、とかしたりして、巣へはこぶしたくです。ツェねずみはぶるぶるふるえてしまいました。
「ここから内へはいってならん。早く帰れ。帰れ、帰れ。」蟻の特務曹長とくむそうちょうが、低い太い声で言いました。
 ねずみはくるっと一つまわって、いちもくさんに天井裏へかけあがりました。そして巣の中へはいって、しばらくねころんでいましたが、どうもおもしろくなくて、おもしろくなくて、たまりません。ありはまあ兵隊だし、強いからしかたもないが、あのおとなしいいたちめに教えられて、戸棚とだなの下まで走って行ってあり曹長そうちょうにけんつくを食うとは、なんたるしゃくにさわることだとツェねずみは考えました。そこでねずみは巣からまたちょろちょろはい出して、木小屋の奥のいたちの家にやって参りました。
 いたちはちょうど、とうもろこしのつぶを、歯でこつこつかんで粉にしていましたが、ツェねずみを見て言いました。
「どうだ。金米糖がなかったかい。」
「いたちさん。ずいぶんお前もひどい人だね。わたしのような弱いものをだますなんて。」
「だましゃせん。たしかにあったのや。」
「あるにはあっても、もう蟻が来てましたよ。」
「蟻が、へい。そうかい。早いやつらだね。」
「みんな蟻がとってしまいましたよ。私のような弱いものをだますなんて、まどうてください。償うてください。」
「それはしかたない。お前の行きようが少しおそかったのや。」
「知らん、知らん。私のような弱いものをだまして。償うてください。償うてください。」
「困ったやつだな。ひとの親切をさかさまにうらむとは。よしよし。そんならおれの金米糖をやろう。」
「償うてください。償うてください。」
「えい、それ。持って行け。てめえの持てるだけ持ってうせちまえ。てめえみたいな、ぐにゃぐにゃした男らしくもねえやつは、つらも見たくねえ。早く持てるだけ持ってどっかへうせろ。」いたちはプリプリして、金米糖を投げ出しました。ツェねずみはそれを持てるだけたくさんひろって、おじぎをしました。いたちはいよいよおこって叫びました。
「えい、早く行ってしまえ。てめえの取った、のこりなんかうじむしにでもくれてやらあ。」
 ツェねずみは、いちもくさんに走って、天井裏の巣へもどって、金米糖をコチコチ食べました。
 こんなぐあいですから、ツェねずみはだんだんきらわれて、たれもあんまり相手にしなくなりました。そこでツェねずみはしかたなしに、こんどは、柱だの、こわれたちりとりだの、バケツだの、ほうきだのと交際をはじめました。中でも柱とは、いちばん仲よくしていました。
 柱がある日、ツェねずみに言いました。
「ツェねずみさん、もうじき冬になるね。ぼくらはまたかわいてミリミリ言わなくちゃならない。お前さんも今のうちに、いい夜具のしたくをしておいた方がいいだろう。幸いぼくのすぐ頭の上に、すずめが春持って来た鳥の毛やいろいろ暖かいものがたくさんあるから、いまのうちに、すこしおろして運んでおいたらどうだい。ぼくの頭は、まあ少し寒くなるけれど、僕は僕でまたくふうをするから。」
 ツェねずみはもっともと思いましたので、さっそく、その日から運び方にかかりました。
 ところが、途中に急な坂が一つありましたので、ねずみは三度目に、そこからストンところげ落ちました。
 柱もびっくりして、
「ねずみさん、けがはないかい。けがはないかい。」と一生けん命、からだを曲げながら言いました。ねずみはやっと起き上がって、それからかおをひどくしかめながら言いました。
「柱さん。お前もずいぶんひどい人だ。僕のような弱いものをこんな目にあわすなんて。」
 柱はいかにも申しわけがないと思ったので、
「ねずみさん、すまなかった。ゆるしてください。」と一生けん命わびました。
 ツェねずみは図にのって、
「許してくれもないじゃないか。お前さえあんなこしゃくなさしずをしなければ、私はこんな痛い目にもあわなかったんだよ。まどっておくれ。償っておくれ。さあ、償っておくれよ。」
「そんなことを言ったって困るじゃありませんか。許してくださいよ。」
「いいや、弱いものをいじめるのは私はきらいなんだから、償っておくれ。償っておくれ。さあ、償っておくれ。」
 柱は困ってしまって、おいおい泣きました。そこでねずみも、しかたなく、巣へかえりました。それからは、柱はもうこわがって、ねずみに口をききませんでした。
 さてそののちのことですが、ちりとりはある日、ツェねずみに半分になった最中もなかを一つやりました。するとちょうどその次の日、ツェねずみはおなかが痛くなりました。さあ、いつものとおりツェねずみは、まどっておくれを百ばかりも、ちりとりに言いました。ちりとりもあきれて、もうねずみとの交際はやめました。
 また、そののちのことですが、ある日バケツはツェねずみに、せんたくソーダのかけらをすこしやって、
「これで毎朝お顔をお洗いなさい。」と言いましたら、ねずみはよろこんで次の日から、毎日それで顔を洗っていましたが、そのうちにねずみのおひげが十本ばかり抜けました。さあツェねずみは、さっそくバケツへやって来て、まどっておくれ償っておくれを、二百五十ばかり言いました。しかしあいにくバケツにはおひげもありませんでしたし、償うわけにも行かず、すっかり参ってしまって、泣いてあやまりました。そして、もうそれからは、ちょっとも口をききませんでした。
 道具仲間は、みんな順ぐりにこんなめにあって、こりてしまいましたので、ついにはだれもツェねずみの顔を見るといそいでわきの方を向いてしまうのでした。
 ところがその道具仲間に、ただ一人だけ、まだツェねずみとつきあってみないものがありました。
 それは針がねを編んでこさえたねずみりでした。
 ねずみ捕りは全体、人間の味方なはずですが、ちかごろは、どうも毎日の新聞にさえ、ねこといっしょにお払い物という札をつけた絵にまでして、広告されるのですし、そうでなくても、元来人間は、この針金のねずみ捕りを、一ぺんも優待したことはありませんでした。ええ、それはもうたしかにありませんとも。それに、さもさわるのさえきたないようにみんなから思われています。それですから実は、ねずみ捕りは人間よりはねずみの方に、よけい同情があるのです。けれども、たいていのねずみはなかなかこわがって、そばへやって参りません。ねずみ捕りは、毎日やさしい声で、
「ねずちゃん、おいで。今夜のごちそうはあじのおつむだよ。お前さんの食べる間、わたしはしっかり押えておいてあげるから。ね、安心しておいで。入り口をパタンとしめるようなそんなことをするもんかね。わたしも人間にはもうこりこりしてるんだから。おいでよ。そら。」
 なんてねずみを呼びかけますが、ねずみはみんな、
「へん、うまく言ってらあ。」とか、
「へい、へい。よくわかりましてございます。いずれ、おやじや、せがれとも相談の上で。」とか言ってそろそろ逃げて行ってしまいます。
 そして朝になると、顔のまっ下男げなんが来て見て、
「またはいらない。ねずみももう知ってるんだな。ねずみの学校で教えるんだな。しかしまあもう一日だけかけてみよう。」と言いながら、新しいえさととりかえるのでした。
 今夜も、ねずみ捕りは叫びました。
「おいでおいで。今夜はやわらかな半ぺんだよ。えさだけあげるよ。大丈夫さ。早くおいで。」
 ツェねずみが、ちょうど通りかかりました。そして、
「おや、ねずみ捕りさん、ほんとうにえさだけをくださるんですか。」と言いました。
「おや、お前は珍しいねずみだね。そうだよ。えさだけあげるんだよ。そら、早くお食べ。」
 ツェねずみはプイッと中にはいって、むちゃむちゃむちゃっと半ぺんを食べて、またプイッと外へ出て言いました。
「おいしかったよ。ありがとう。」
「そうかい。よかったね。またあすの晩おいで。」
 次の朝、下男が来て見ておこって言いました。
「えい。えさだけとって行きやがった。ずるいねずみだな。しかしとにかく中にはいったというのは感心だ。そら、きょうはいわしだぞ。」
 そして鰯を半分つけて行きました。
 ねずみ捕りは、鰯をひっかけて、せっかくツェねずみの来るのを待っていました。
 夜になって、ツェねずみはすぐ出て来ました。そしていかにも恩に着せたように、
「今晩は、お約束どおり来てあげましたよ。」と言いました。
 ねずみ捕りは少しむっとしたが、無理にこらえて、
「さあ、食べなさい。」とだけ言いました。
 ツェねずみはプイッとはいって、ピチャピチャピチャッと食べて、またプイッと出て来て、それから大風おおふうに言いました。
「じゃ、あした、また、来て食べてあげるからね。」
「ブウ。」とねずみ捕りは答えました。
 次の朝、下男が来て見て、ますますおこって言いました。
「えい。ずるいねずみだ。しかし、毎晩、そんなにうまくえさだけ取られるはずがない。どうも、このねずみ捕りめは、ねずみからわいろをもらったらしいぞ。」
「もらわん。もらわん。あんまり人を見そこなうな。」とねずみ捕りはどなりましたが、もちろん、下男の耳には聞こえません。きょうも腐った半ぺんをくっつけていきました。
 ねずみ捕りは、とんだ疑いを受けたので、一日ぷんぷんおこっていました。夜になりました。ツェねずみが出て来て、さも大儀たいぎらしく言いました。
「あああ、毎日ここまでやって来るのも、並みたいていのこっちゃない。それにごちそうといったら、せいぜいさかなの頭だ。いやになっちまう。しかしまあ、せっかく来たんだからしかたない。食ってやるとしようか。ねずみ捕りさん。今晩は。」
 ねずみ捕りは、はりがねをぷりぷりさせておこっていましたので、ただ一こと、
「お食べ。」と言いました。ツェねずみはすぐプイッと飛びこみましたが、半ぺんのくさっているのを見て、おこって叫びました、。
「ねずみとりさん。あんまりひどいや。この半ぺんはくさってます。僕のような弱いものをだますなんて、あんまりだ。まどってください。償ってください。」
 ねずみ捕りは、思わず、はり金をりゅうりゅうと鳴らすくらい、おこってしまいました。そのりゅうりゅうが悪かったのです。
「ピシャッ。シインン。」えさについていたかぎがはずれて、ねずみ捕りの入り口が閉じてしまいました。さあもうたいへんです。
 ツェねずみはきちがいのようになって、
「ねずみ捕りさん。ひどいや。ひどいや。うう、くやしい。ねずみ捕りさん。あんまりだ。」と言いながら、はりがねをかじるやら、くるくるまわるやら、地だんだふむやら、わめくやら、泣くやら、それはそれは大さわぎです。それでも、償ってください、償ってくださいは、もう言う力がありませんでした。
 ねずみ捕りの方も、痛いやら、しゃくにさわるやら、ガタガタ、ブルブル、リュウリュウとふるえました。一晩そうやってとうとう朝になりました。
 顔のまっな下男が来て見て、こおどりして言いました。
「しめた。しめた。とうとう、かかった。意地の悪そうなねずみだな。さあ、出て来い。こぞう。」





底本:「童話集 銀河鉄道の夜 他十四編」岩波文庫、岩波書店 
   1951(昭和26)年10月25日第1刷発行
   1966(昭和41)年7月16日第18刷改版発行
   2000(平成12)年5月25日改版第71刷発行
入力:のぶ
校正:noriko saito
2005年5月12日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

なぜ彼の戯曲が当時受けたのか?
そりゃ、愛し合ってる男女が出てくるからです。

いまや、ドラマに恋愛は当り前で、自由にくっついたり別れたりするのも当たり前の時代だから、現代人には想像も出来ないかもしれないけど、大正昭和初期の頃は、自由恋愛なんて風習は、一般の日本人には無かった。

結婚相手を決めるのは親。
相手の顔を知らずに結婚するなんてざら。

そんな時代に、貧しい男女が、恋愛し?駆け落ちし?
結婚という公的手続きを踏んでるのかどうかは曖昧ながら、
しかし二人向き合って健気に生きて行こうとする。
そんな一幕物が幾つもあるのが「岸田國士」

そんなに貧しくないカップルも勿論出てくる。
公務員とか、学者とか、親が財産持ってるとか、
金に困ってない余裕の二人は、フラットに知的に、人生には金よりも質を求める。
まあ、勿論「劇」なので理想と現実の狭間が描かれるのだけれど。

このころの他の作家の戯曲には、女を殴る男が結構出てくる。
でも、岸田戯曲には出て来ない・・・?と言い切る自信はないけど、あまり無いと思う。

暴力で黙らせるんじゃなくて、向き合って議論をする男女。
それがかみ合ってるかどうかは別としても、言葉を道具として分かり合おうとする男女。
そしてまた、議論している言葉がまあ丁寧。綺麗。日本語の美しさと日本人の知性の高さを感じる。
その言葉を選んで使う人たちの良質さが見える。

岸田國士は、大変な理想家だ。
人と人との関係、男女だけでなく、世界はフラットであってほしいと願った。

こりゃ~当時はハイクオリティーなカルチャーだったんじゃないか?
女性は、そして当時の戦争に突き進む日本の主流とは違うものを求めた男性も、
岸田戯曲の世界に憧れたんだろうね。

さてじゃあ現代は?
ヘイトスピーチや、国会議員や官僚の虚偽答弁や、相手を罵るアメリカ大統領や・・・
もう現代人は、人と人が分かり合えるとか、そんな憧れを持つことも許されないのか?

だからだろうか、今の私は「岸田國士の理想」にもう一度触れたいと、心底思っている。


おででこ須川 X 喫茶フィガロの企画「戯曲を読む会」~岸田國士編~
〆切3月10日を前に、初回3月22日はほぼほぼ定員いっぱいです。
以降のお申し込みはキャンセル待ちに成るかも知れません。

現在お申込みの方は、男女比率がバランス良くて、又20歳代から70歳代までと、
読む作品の可能性が広がります。稽古場は年齢層が広い方が断然豊かです。
実は京都演劇界で長年活躍されてるあの方もご参加表明。
とても楽しみで嬉しい!

第二回目以降、4月以降はまだ余裕ですよ。
日程詳細はおででこサイトへ http://odedeko.com/workshop/29562043.html

一年かけて、ご一緒に探求しましょう~!




と言うことがはっきりした

何とかなるんじゃないか
あの人はやってるし、自分だってと、
ぐじぐじ いじいじ 妬み 嫉み 悪あがき
もう 無理だとはっきりして

ずっと書けなかったメールを送り
ずっと書けなかった事を謝ったら
すっきりしてる自分がいる

ずっと前に結論は出てた
それに そんなにやりたいことじゃなかった かも

そしておかしいのは
書けなかったメールを送った日は
今 わたしが 本当に必要としていたことに 出会った日になった
おめでとう~わたし

自分のミッションはこっち
わたしはこっちがどうしてもやりたい
今 わたしがやりたいのはこっちなんだ

出会いから一日経って あら不思議
視界がクリアーになってきたよ
首のこりが取れて来た
脳も回転し始めたみたい

放置してた確定申告
HPの作成更新も
寒さを言い訳に 見て見ぬふりしてた 
掃除も洗濯も
やろうと言う気力が湧いてくる
身体が心ごと喜んでるみたい

はは~これかあ~
これが 本当に自分に繋がると言うことなのか
しかし(笑) こんなにも即効性があるのか

この冬はあまりに寒くて
脳の中まで凍ってたかな
身体が縮こまるだけじゃなく 心も縮こまってたかな

まったくまったくまったく 人間は馬鹿ちんだ 同じことを繰り返す
本当に 心の底からやりたいことに繋がらなくっちゃ 

忘れてたこと 思い出したよ
わたしが一番求めていたこと
これ 子供の頃から変わってなかった

わたしは楽しみたかったんだ
一杯笑って 一杯笑かして 一杯冗談言って
今 目の前の人と 本気で
今 生きてることを 心から楽しみたかっただけ 

なんだなあ


今年は節分がいつもの年より待ち遠しかったかも。
あまりいつもは暦をちゃんと追いかけたりせず、雑な生き方をしているけど、
正月よりも、節を分ける「節分」を境として、運気と吉凶が変化するのだと、
以前、日舞の先生がよく言っていたことを、この1月はよく思い出していた。
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小谷口家から届いたヒイラギと太巻き
今年の節分は山で新年会。
といってもこじんまりしたもので、父母私と、合鴨農家の小谷口さんご夫婦と長男のJ君。
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メニューは、節分用の祝い膳風な前菜と、小雪舞い散る窓外の風景にピッタリな、スイスのお鍋、チーズフォンデュと、写真を撮り忘れてますが、デザートはチョコフォンデュ。
父は、孫が小さい時に使っていたそりを、J君のために出してきて、ひとしきりそり遊び。
J君大満足だったらしく、早速作文に書いてくれたそう。

美味しいものを食べつつ、こじんまりとしたお喋りが心地よい一日。
が!節を分けられたかと思った翌日に・・・強烈な凶事が降りかかり・・・
酒の勢いで結構な距離を歩いたけど、真夜中の芦見谷の山道は恐ろしかった。
激しい疲労に体中がくたびれ果てて下山している。

う~ん、犬猿の仲だけに、申年の私には戌年は相性が悪いのか?
なんてことを考えるほど、心騒がす雑事雑音が次々と起こるのにうんざり。
こりゃ一過性の物ではなく、根本的な解決イコール、これからの私の人生の大きなテーマなのか。

陰と陽のせめぎ合いを感じるな~

そう、良いことも勿論起こってる。キャンプサイトをこのGWから正式に運営し始めるのに、
京北支所に許可について問合せたところ、地べたを貸すだけなら、特に手続きは必要ないとの返事。
良いじゃない~とホッと一息。

と言うことで、GWの芦見の森のキャンプサイトの予約受付を開始します!
詳細は間もなく公開の、新しいHPでご確認ください。二月末公開目指して作成進行中です。



山の事務所から 岸田國士と岸田理生を持ってくる。
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ここ数年密に関わり、エネルギーを貰っている作家たち。
しかしこのお二人の作風は岸田違いも甚だしいのだが・・・

さて、PCを閉じて、再度読み直しますわ。




一人で質の高い稽古を進めるのはしんどい。
かなりな忍耐が必要だ。

質が高かったかどうかは別にして、体力のあった30代の頃までは、
家で一人で台本を開きながら、ひと晩にワインを一本空けてた。
エモーショナルなシーンではワインの酔いも手伝って、
一人でボロボロ泣きつつ、セリフ入れてたから、ほとんど気違いっぽい。
(放送禁止用語だけどこれ放送じゃないからね)
そんな状態で夜中まで起きてたから本当に体力が有ったんだ。
そして、本当に作品にのめり込んでたんだな~

稽古には、演出=じっと見てる人。が必要だとつくづく思う。
誤解を恐れずに言うと、私は何か教えて欲しいのではない。
ただ役者がやる事をじっと真摯に見ていてほしい。「気合」を込めて。

「気合」なんだよ。演出には勿論色んな仕掛けやセオリーや方法論や思想が必要だろうけど、こと役者に対面している時に必要なのは何より「気合」だと思うのだ。
じっと見てられない状態の作品をじっと見ていたい状態に持って行くんだから。

役者は演出の悪口を平気で言う。演出は悪口言われることは織り込み済み。
目指すところは「好かれること」じゃないから。
「作品に奉仕して貰うこと」だからね。
しかし、作品に尽くさない役者が多いのよ。
また尽さない役者ほど悪口言うんだね。多分あれは尽くし方が分からないから不安が悪口になってたのかな?
尽さない役者は作品から頭が飛び出てる。そんなに自分が好きならなんで役者やるの?て聞きたいね。

さて、今回は本当に一人稽古。人間は基本的に怠惰で飽きっぽい動物だから、稽古中に久々のブログ投稿したりしてるんだなあ・・・ははは
人のこと言ってられません。自分で自分のお尻を蹴とばして、私は作品に何処まで奉仕できるのか?

さてもう待ったなしです!「冬にKWAIDAN」in Kyoto
あと1週間で本番やってきます。
冬の怪談
演劇を何故やってるんだろうという思いが年々大きくなっていた。
ここ数年、あまりにも色んな義務や責任やエゴ煩悩や虚栄や勝ち負けと、どうでもいい感情に振り回されて、実は演劇することを楽しめてなかったみたいだ。いや、これも人のせいにするのは違うな?私自身が演劇を楽しむことよりも、公演を打つこと、演劇を仕事にしなくちゃという思いに追われて、「あの出演者をもっとこうしなくちゃ」とか「ねばならない」というエンジンに噴かされていたんだと思う。つまり、人と、他と、何かもっと立派なものと比べて、そこを目指そうとしてたんだろう。

実は私は探求していることが大好き。
若い頃、ワインを片手に夜中まで台本にのめりこんでいた時の集中力。お仕事だったら出来ない。
これもじゃあアマチュア?とかいわれそうだけど、そうじゃなくて、一般的な仕事みたいに時間が来たらハイ終わりなんて甘い関わりじゃ出来ないということ。

ぼっちになって、人前に立つ機会が来る。
間違いなくお客さんは気合を込めて見てくれる。
どんな交感が生れるのか?
真剣な気の交流の中で、自分の奥底の感情にも触れてみたい。
演劇好きかどうかとか。
これからどうやって生きていきたいのかとか。






先日下高井戸に行ってきた。
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若さと体力と馬鹿さもあった30代の頃、8年住んでた下高井戸には思い出が一杯あって、美容室「リズム」さんがある。
お店のブログ→http://rhythm329.blog.fc2.com/

こちらオーナー夏川さんがたった一人でやってる完全予約の気持ちの良い清潔なお店。
気がつくと長いご縁になってた。くせ毛で鉢の張ってる特殊な私の頭を把握して、いつもうまい具合にカットしてくれて、伸びても形が崩れにくいという優れ技!
ヘアメイクにさほどお金をかけ無い私にはもって来いで、結局他の美容院では満足できなくて、川越に住んでた10年の間もちょくちょく通わせてもらってた。
「え~京都行っちゃうんですか!やっと東京に戻って来たと思ったのにお客さんが一人減る・・・」と、割り切ったコメント(笑)

私も残念ですよ。京都で気の合う美容師さんに巡り合えるかしら?流石に京都からはそうちょいちょい通えないから、しばらくはもつようにかなり短めにカットしてもらう。

芝居も何本も見に来てくれた。本番前にカットに行く時は、稽古中の愚痴も含めて話してたから、そんな私の裏話を突き合わせながらの本番の舞台は尚更面白かったんじゃないかしら?こちらも感想を聞くのが面白かった。客商売で沢山の人を見てるからコメントがなかなか鋭い。

長い年月の間に人は変わる。元々はお洒落でカッコいい青山あたりのカリスマ美容師に憧れて美容業界に入ったそう。でもここ最近はアウトドアに目覚めて山にハマりだしてて、望むものが180度方向転換してるとか。私もだな。京都芦見谷のワイルド空間の話をすると、最初はみんな「へ~須川さんが?!」て顔をする。猟師免許取ろうと思ってさと話すと「え?え~?!」と目がでっかくなってびっくり笑いになる。

彼は本当にカットが上手いから、良い美容師さんを探してる方にはお勧めです!


昨日は、こちらも私の芝居を長く見てくれたKさんと、新宿で送別飲み第二弾。Kさん終演後はすぐに帰ってしまうので、あちらは私を見てるけど、私がKさんに会うのは久しぶり。8歳のお嬢さんとキャンプに行く話をしてくれる。

「アウトドアなんか何が面白いんだと思ってたんですけど、ちょっと危ないことを経験させるって大事です」「現代日本のシステムなんて砂上の楼閣というか危ういところに立ってるんですから、当たり前だと思ったらだめです」「火のつけ方を教えなくちゃと思ってね~薪だって先ずは火が付きやすい物から付けてダンダンと太い薪に移さないとね。チャッカマンで付けたらすぐつくと思ってるんだな~」「AIで仕事を奪われる時代だからこそ正解を出すだけの勉強は駄目ですね」「何も無いところから創り出す発想と逞しさが無い人間は無用になります」「TVは見せないんです。ぼ~とTVを見続けると思考停止しますからね。でも僕は凄くTV子だった。TVが無いと辛いかと思ったけど平気ですね」「本を読ませてます。好きな本を選ばせます。漫画でも本人がそれが良いなら買うんです。こちらから押し付けるのは違うと思ってね」「みんなこれが無いとダメだと思わせられすぎてるんですよ」「加齢臭だって昔は誰も気にしなかった。あんなの消臭製品を買わせるための恐怖心の植えつけですからね」

私も脅し文句で従わせようとする全てのものが嫌いだ。

「脇汗をかくと信用されませんよ!すね毛処理しないと仕事が出来ないと思われますよ!原発が止まったら原始時代になりますよ!日本は終わりますよ!中国に乗っ取られますよ!北朝鮮からミサイルが飛んできますよ!沖縄を踏みつけないとアメリカに捨てられますよ!走り続けないと落ちこぼれますよ!サラダをとり分けてあげないと女子力が有りませんよ!」

くそ~全く下らない情報が多すぎるよ~!って本当に腹が立つ。

19時から飲み始めて気がつくとアッと言う間に23時。Kさんとのご縁が続いてたのはだからだと改めて思う。Kさんは私が短期派遣で勤めた某コールセンターの社員さん。凄く怖いSVさんや、神経質でヒステリックな社員さんが居てさっさと私は辞めてしまった。でもKさんによると神経質だった社員さんは、実はあの頃辛い結婚生活の最中で、そのあと離婚を決意したらすっかり穏やかな良い人に成ったとさ。

殆どの人は根っからの悪人じゃないんだね。

それからもう一つ、昨日の会話の中で印象的だった言葉。
「掠め取ろうとしてるせこい奴ばっかりなんだ。資本主義のシステム自体が上前を撥ねる。掠め取ろうというシステムだからみんな掠め取り合っててせこいね~」

インテリは一見きれいに見せかけたり巧妙に言葉で偽装するのが上手いけど、搾取された奴は搾取する相手を物色してる。ってのは私がこのところひしひしと思うこと。
それはつまり虐められた人間が虐めっ子になる事にも似通ってて心底ぐったりする。
現生ご利益主義者の何がやだって、理想が低いことと志が低いことと、貰うことばっかりで尽くさないってこと。


今夜は池袋界隈で送別飲み第三弾!10年前のルティ・カネル演出舞台で共演したヴィオラ奏者生ちゃんと。彼女とは何とも不思議にウマが合って、何年も会ってなくても気になる人。最近はどうしてるのか会うのが楽しみ。

第一弾の送別飲みはじつは早くも先週終了してる。20代からの付き合いになる志保ちゃんと両国でちゃんこをご馳走になりました。ご主人と初対面の息子君もご一緒に。息子君、意志の強そうなあごのラインが志保ちゃんにそっくりで笑ってしまう。
志保ちゃんとは演劇繋がり&バイト繋がりでした。もう20年越しの付き合い。彼女は今がんばって自分の事業を展開してる。演劇にも大変密接な呼吸に関わる事。彼女のブログは→https://ameblo.jp/yasu-bon610/entry-12283681435.html
私に送別プライベートレッスンをしてくれるとの事。楽しみだわ~!


会いたいと思ってくれる人と会って語って飲む。
地球の裏側に行くわけじゃ無し、京都と東京なんて同じ日本の中だし。
でも、東京を離れる前に会いたいと思ってくれる人と東京各所で再会再訪問。
まるで東京に区切りをつける東京巡礼のような。

東京在住31年と6か月。
ただ今最後の一か月を通過中。


いつもの事だが 時間が飛ぶ ように過ぎる
おででこ第十回公演「宵待草」小屋入りまで3日
宵待草フライヤー表面

やることはやって来たけど
でもまだやれることは有る

5人のキャストがほぼ舞台上に出ずっぱり
決して長い作品ではないのに
通した後の消耗具合・・・

でも守りに入っても詰まらない
もっと出来る 瞬間瞬間を5人で運ぶ 
開いて 信じて パワフルに 繊細に 丁寧に ケレン味たっぷりに

どうぞみて下さい
おででこの「宵待草」
岸田理生さんのセリフの魔法
美しくて 難解で 右脳が刺激される世界


第11回岸田理生アバンギャルドフェスティバル参加作品
作:岸田理生
演出・上演台本:須川弥香

あんたは待っているんです
誰だって待っているんです
何かを待っているんです
待たせちゃいないから気が楽だなんて臆病
誰も待ってないのは
あんたにそれだけの甲斐性がないからですよ

東京会場〇こまばアゴラ劇場全3回ステージ
アクセス http://www.komaba-agora.com/access
日程:7月1日(土)19時 アフタートーク有り
   7月2日(日)13時 ・ 17時
前売り:3500円 当日:3800円
チケット予約:https://ssl.form-mailer.jp/fms/99b125f7440341
電話03-6903-2748 メールodedeko2010@gmail.com

出演者◎山谷勝巳・知野三加子・山下潤・本庄由佳・すがわみか
スタッフ◎舞台監督:青木規雄 照明:森田三郎 音響:斎藤裕喜 舞台美術:おででこ 宣伝美術:宮村かおり 制作:おででこ、川井麻貴(SEABOSE)


京都会場〇【リオフェス in Kyoto】 芦見谷芸術の森野外ステージ
京都市右京区京北細野町芦見奥13-1(京都駅から車で60分)

日程:7月28日(金)プレ公演 1500円
   7月29日・30日(土)(日)1日券2500円 二日券4000円


理生作品をモチーフにした演劇・ダンス・演奏による真夏
の競演 参加団体:おででこ・URARA・世田谷表現クラブ・野村雅美・他

29日・30日のみ最寄りバス停「細野口」からの送迎有り。

チケット予約:https://ssl.form-mailer.jp/fms/99b125f7440341
電話03-6903-2748 メールodedeko2010@gmail.com


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