わたし生まれ育ったのが京都です。
18歳までは居ました。
父の会社が倒産したり、夜逃げや転校や両親の離婚や、きゃらばんの地方公演に付いて行ったりと、色々と濃い~10代でした。

演劇を本格的に始めたのはその後東京に来てから。
だから京都では演劇してません。実人生がかなり演劇的でしたが・・・

9年前、「母アンナ・フィアリングとその子供たち」(ブレヒトの肝っ玉おっ母)のイベット・ポッティエ役で、建てかえる前の京都会館(現ロームシアター)の舞台に立ちました。演出はルティ・カネル(イスラエルの女性演出家)でした。

公演は二日間で二回。一回目の公演が終わり、その夜は久しぶりに会う従兄と伯父に連れられて先斗町で飲んで、そしたら父の事で喧嘩になりました。

我が父は傍から見ればガッツがあって面白い男です。基本サービス精神の旺盛な善人ですし、波乱万丈な人生は物語としては興味深いでしょうが、だからこそ自分自身を過信する人で暴れん坊で、それに付き合う身内は大~変な目に遭って来てます。

同じ出来事も、個々の立ち位置と、どの角度から見ていたかという事で、その出来事への評価は変わるのです。演劇をやっているんだから承知の事で、劇中の人物の分析と同じことで、喧嘩することも無かったのですが私も若かったのです。伯父は怒って帰り、従兄と二人で鴨川の川べりで長いこと話しました。泣いて蚊に刺されまくって、明け方近くにホテルに帰って、酷い傷心と二日酔いの状態でそのまま舞台に立ちました。

私が担っていた従軍娼婦のイベット・ポッティエは、登場から酒を煽ってます。
そしてめちゃくちゃにぐるぐる回りながら踊ります。
自分の身の上を嘆いてるけどしたたかに生きてます。
母、アンナから息子の命を助けて欲しいと乞われて、イベットは軍曹との間に入ってお金の交渉をするが・・・
悲しい結末を母アンナに告げるというシーンが有ります。

あの日は酒が残っていたんでしょう。回ってるうちに又酒が回ったんでしょうか。
もう頑張れなかったのは確かですね。キチンとした演技なんか出来なかったんでしょう。

まったく可笑しなことですが、

終演後、演出のルティから大絶賛されました。
ルティの娘さん(イスラエルから来てたんですね)も凄く胸を打たれたそうです。
共演していた長畑氏の娘さんも見に来ていてやっぱり大絶賛だったそうです。
なんかその日のわたしのイベットは違ったらしいです。


怪我の巧妙ならぬ、喧嘩の巧妙か・・・
京都会館での強烈な初出演の思い出です。


演技は頭で考えて、予測の範囲で収まってる内はまあそこそこ。
やっぱり身体ごと。そして身体と心を一致させたとき、何か奇跡が起こる。
毎回そこに心身ともに入るしかない。観客の胸を打ちたいなら。

と言っても、毎回二日酔いで蚊に刺されるわけにはいかないから、
俳優はその状態に自分自身の想像力を総動員して入る。
その想像力こそが俳優の特殊能力。


2016/8/28(日)京都京北芦見谷野外シアターで杮落し。
大変面白い才能が集まってくれました。国内外で活躍するアーティストたち。
杮落しに相応しいラインナップです。是非、芦見谷を体験しに来てください。

詳細は→京都芦見谷のブログ

山奥で特殊な環境です。
みんなこの現場に来ると、想像していた以上のワイルドネイチャーぶりに目がキラキラします。
私はそんな様子を見るのが大好き。

今後毎年夏はこの場所で演劇です。
いや、演劇をツールに色んな事を仕掛けて行きたいと思っています。
さまざまな芸術団体にも滞在創作の場として使って欲しい。


「何で、こんなことを始めたの?」
「お父さんと娘が一緒になって?」

って質問されて、沢山理由が有り過ぎて、なかなか説明が難しいんだけど、


人は人生の中で出会った色んな出来事の合成でその人に成って行く。
私も人生の中で出会った色んな出来事からそうせざるを得ない事をしてる。
ほとんどの人は、自分のしたいことが分からなかったり、するチャンスがなかったりするけど、
今の私はそれをしたいと思っていて、たまたまそれをするチャンスを手にしている。
だったら、今はそれをしようと思う。
それが何になるかとか、
成功するか失敗するかとか、
そんなもん誰にも分からないから、
やってみて上手く行かないならまた工夫するさ。

それに、暴れん坊だった父も年を取って、癌とも長い付き合いになって、
一緒に何かやるなら今だと思うから。


もっと短い明文化した何かが必要なら、「芦見谷は現代人にとって最高に不便な空間で、ネイチャーとアートによって、生きる力を養う場になるって思ったんです。」って事かな。

この企画を進める中で、京北が芸術に力を入れている地域だと初めて知りました。凄いドンピシャな地域だったことにびっくりです。この杮落しにも地元の方が協力してくれています。森林の京北。緑が深くて川も澄んで、鮎が旨い。

そして、京都で演劇し始めるわたしに、9年前に喧嘩した伯父と従兄も協力してくれています。
もうそれだけでこれを始めて良かったと思ってる。