なぜ彼の戯曲が当時受けたのか?
そりゃ、愛し合ってる男女が出てくるからです。

いまや、ドラマに恋愛は当り前で、自由にくっついたり別れたりするのも当たり前の時代だから、現代人には想像も出来ないかもしれないけど、大正昭和初期の頃は、自由恋愛なんて風習は、一般の日本人には無かった。

結婚相手を決めるのは親。
相手の顔を知らずに結婚するなんてざら。

そんな時代に、貧しい男女が、恋愛し?駆け落ちし?
結婚という公的手続きを踏んでるのかどうかは曖昧ながら、
しかし二人向き合って健気に生きて行こうとする。
そんな一幕物が幾つもあるのが「岸田國士」

そんなに貧しくないカップルも勿論出てくる。
公務員とか、学者とか、親が財産持ってるとか、
金に困ってない余裕の二人は、フラットに知的に、人生には金よりも質を求める。
まあ、勿論「劇」なので理想と現実の狭間が描かれるのだけれど。

このころの他の作家の戯曲には、女を殴る男が結構出てくる。
でも、岸田戯曲には出て来ない・・・?と言い切る自信はないけど、あまり無いと思う。

暴力で黙らせるんじゃなくて、向き合って議論をする男女。
それがかみ合ってるかどうかは別としても、言葉を道具として分かり合おうとする男女。
そしてまた、議論している言葉がまあ丁寧。綺麗。日本語の美しさと日本人の知性の高さを感じる。
その言葉を選んで使う人たちの良質さが見える。

岸田國士は、大変な理想家だ。
人と人との関係、男女だけでなく、世界はフラットであってほしいと願った。

こりゃ~当時はハイクオリティーなカルチャーだったんじゃないか?
女性は、そして当時の戦争に突き進む日本の主流とは違うものを求めた男性も、
岸田戯曲の世界に憧れたんだろうね。

さてじゃあ現代は?
ヘイトスピーチや、国会議員や官僚の虚偽答弁や、相手を罵るアメリカ大統領や・・・
もう現代人は、人と人が分かり合えるとか、そんな憧れを持つことも許されないのか?

だからだろうか、今の私は「岸田國士の理想」にもう一度触れたいと、心底思っている。


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一年かけて、ご一緒に探求しましょう~!