Sugawa Mika のブログ

日々のこと、 生きたい世の中のこと、 演劇のこと

★2017年おででこ情報★http://odedeko.com/
★芦見谷芸術の森★http://odedeko-kyoto.blogo.jp/

演劇

今日のじゃ無くもう昨日のだけど、通しは結構良い感じでした。
今回の企画は本当に少人数で全てをまかなっています。

みんなみんなみんなよくやってくれています。

出演者、藍ちゃんも舞ちゃんも、本番前のここに来て凄まじい成長ぶりを見せてくれてます。

今回、舞台監督、音響、照明、演出協力の大野耕治さんは、本当に多才な方です。
本当は彼はプロの構成作家としてとても多忙な方ですが、今回は作家ではない分野でおででこを助けてくれています。
小さな企画とは言え、4人分の仕事を一人でこなしてるんです。
もうあなたはスーパーマンです!と認定したいくらい。

そして、今回の演劇祭の主催、カワサキアリスさんも、昨日でなくもう一昨日ですが、私たちの会場入りから、色々とフォローして頂いてありがたい限りです。 

そして私も頑張ってますよ。
そんなことは当たり前で誰もほめてはくれませんが、今回は出番も多くてですね~
演出として、自分で決めたから誰にも文句言えませんけど、かなりな分量を背負って舞台に立っていますので、ちっとエネルギーが必要です。
もちろん何時までも心配事は尽きませんし、常により良くと思い続けてますが、

うんうんうん・・・まあ行けるんじゃんね? と尻上がりでございます。

さて、もう本日ですが、おででこ第八回公演初日です。
詳細はおででこHP、http://odedeko.sakura.ne.jp/
もしくは過去ブログをご覧下さい。

この公演を支えてくれている一人ひとりの頑張りが、ビシビシ肌感覚で伝わってくるような、小空間カワサキファクトリーに是非この週末はお出かけ下さい。
 

 先日、演出家石塚克彦氏の告別式で懐かしい人たちと再会した。

 告別式って本当に不思議だ。悲しさの隣りに嬉しい事や懐かしいことが、もっと言うなら故人とのお別れの場なのに、未来へ繋がる出会いがくっついて来たりする。
 しかし多分それも、故人の人徳の高さに比例するのかな?

石塚氏は私たち一家にとって、特に父にとっては”命の恩人”。

 出会った頃の石塚さんは、声が甲高くて大きくて、笑い声も大きくて、カラダも大きくて、くせっ毛の髪がくりんくりんで、創作に対しては厳しくて、エネルギーの塊みたいな迫力のおっさんだった。
 その劇団の仲間たちもみ~んな、底抜けに大らかで優しくてエネルギッシュで、みんな貧乏なはずなのに、何故かみんな気前が良くて、お金は全然無いはずなのにけちんぼじゃなくて、本当に心が豊かな人たちで、凄くダサカッコいい大人たちだった。

 80年代の、バブルに浮かれて日本中を拝金主義が覆い始めたあの時代に、まだこんな大人たちが居るんだと、まだこんな集団が存在してるんだと、当時中学生の私が心底驚いたほど、彼らの存在が奇跡みたいに思えたし、彼らに出会ったことは、本当に私の人生の中で奇跡のようだと今でも思う。

 そして彼らは中学生の私に見せてくれた。大の大人が本気で演劇に立ち向かう姿を、演出家に駄目を喰らって悶絶しながらも役作りする姿を、ツアーで公演場所が変わっていく中でも、舞台も観客も真摯に愛して、一回一回の公演を丁寧に届けようと最善を尽くす姿を。
 時には中学生の私を厳しく本気で叱ってくれたり、沢山の沢山の忘れられない出来事全部が私の演劇の原点だ。

 初めて連れて行かれた北海道ツアーで、私が初めて与えられた仕事は「客電を消す係」だった。

 「良いか、客電はな、お客を現実の世界から虚構の世界に誘う大~切な仕事なんだからな、リズムがあるんだぞ。開演のブザーが鳴ったら、ぽ~ん ぽ~ん ぽん ぽん ぽん・・・とな?!」

 中学生の私に大真面目に説明してくれたのは誰だったかな?照明さん?舞台監督さん?
 私もその言葉を大真面目に受け取って、開演ブザーが鳴る10分前くらいから、客電スイッチの前にもの凄~く緊張しながら、手に汗握って(^^:スタンばってた。 だって「客電を消す係」は私の演劇での最初の仕事だったんだから。

 そして私は今も演劇を続けている。十分な大人になった私は客電を消すだけでなく、今では出演も演出も制作も・・・演劇に関わることならなんでもやっている。

 良いじゃないか!シンプルにシンプルに、今出来る事を精一杯!人間はいつか必ず死ぬ。組織だって人間の集合体なら、いつか時代の役割を終えて解体もして行くんだ。

 
あと1週間、来週の金曜日、土曜日は、おででこ第八回公演です。どうぞ見てください!

 三人でシェークスピアという題名のエネルギッシュな作品を長年上演されている老舗劇団があるけど、そのまねをした訳じゃないけど、おででこは三人の女優で太宰治です。
 太宰まみれの稽古の日々もあと1週間、日々太宰治の笑いのポイント探しが楽しくなっています。太宰さんはコメディーです。再演ではミュージカルにもしたいくらいです。太宰治をミュージカルコメディーに・・・うん?いいかもしれませんなあ。

燈篭 ・ 待つ ・ 葉桜と魔笛 ・ 貨幣

 

原作 太宰治

演出・上演台本 須川弥香

演出協力 大野耕治

 

出演  工藤藍  山下舞  須川弥香 

言葉が促すカラダ  身体が促すコトバ  であそぶ  太宰が書いた  女  おんな  オンナ・・・

2015.11/13.fri

1500

1930

11/14.sat

1500

1900

 

 

 

               (4

 

チケット 前売り2500  当日2800円(1ドリンク付)
 




  チケット予約 演劇実験ユニット・おででこ
 

tel049-234-5403 mail odedeko2010@gmail.com


会場 川崎ファクトリー

川崎市川崎区鋼管通4-14-18
 

TEL 当日のみ可044-344-3640(渡辺治建築都市設計事務所)

カワファクmap_owat2-1_1
 

昨日、10/2(金)両国シアターXでルティ・カネルさん演出の「母」を観劇。 

公演、作品の詳細はこちらで→日本・イスラエル・ポーランド共同創造演劇プロジェクト

観劇の感想はもちろん沢山有るけれど、まとめの結論から言うと、わたしはとても面白かった。沢山見たい作品が有る中で、自分の限られた時間をどれにあてるか悩みますが、昨日は当たりでした。自分も今すぐがりがりと作品創りをしなくちゃ!!!と、激しくお尻を叩かれたような感じです。

触発されてます。

美術がとても良かった。音楽も最小限なのに最大限な感じがしたかな?俳優も最小人数で沢山の役割を担っていたな~すごく贅沢なことやってるなと思った。だからもしお時間有るなら是非観劇されることをお勧めしますよ。この土、日で終わります。

ただ、全ての創作がそうであるように、万人が「最高!」と言うような創作は無い。(やたらと感動!とか号泣!とか言ってるのは・・・疑ってください。全ては売るための宣伝文句)
全ての創作の価値判断は「受け取る側」が決めるってのは本当の意味でそうです。誰かの顔色を伺わず、誰かの真似をせずに、ただ真実の自分の感性に聞いてみて欲しい、

「ソレガオモシロイノカ?」

全ての表現は見る人を選ぶ。と言うとよく勘違いする人がいて、作品が観客を選別してるというとり方をする人が多いけど、この意味は受け取り方を観客に委ねるという意味だと私は理解している。

両国シアターXは公演後にアフタートークなる、創作側と観劇側の意見交換という残酷なイベントを行う。これは私も何度か出演者として経験してるが、一本の作品を渾身のエネルギーで演じた後の俳優とは、それこそその作品に全てを捧げた後の「燃え殻の肉体」に近いのだが、その燃え殻たちを前に、観客から学問的な話や専門的な研究者からしか出ないような思想的な話や、果ては誰々は下手だとかいう感想?なんかが出て・・・色々出て来ても許されますよ、そりゃあ自由に発言できるようでなくてはこのイベントの意味がないですね、でも疲れ果てた俳優たちにとっては本当に~拷問なのだ。

だから昨日のアフターミーティングも、もうみんな疲れてるから解散してあげてよ~と思ったが、ちょっと気になったのはその疲労感だけではない出演者の表情の曇り???
原因は、アフタートーク後に出演者と少し話して分かった気がした。何故なら私も彼女の演出作品に出ていたときはそうだったから。

ルティさんの演出は非常に身体性を要求する。役柄の気持ちをセリフ術で説明する演技を排除する。ある意味では演者自身が自分の肉体を、まるで人形のように、作品と自分の受け持ったセリフに奉仕させることを要求する・・・・つまりそれは一見ドライなように見えて、限定されて窮屈な感じもするけど、とてもダイナミックで可能性の広がる表現になるから観客にはとても面白いのだ。

日本で普通の演劇教育を受けてきた俳優には意味不明だからやってることに確信を持てずに不安定でいらいらする。でもそれで良いのです。手の内に入っているような何処でも見られる演技なんかより、不安定な中でその時々の真実を真摯に探している俳優たちの方がピュアで美しいのですもの。

しかし私も今だから分かったようなこと書いてるけど、彼女の演出は肉体的な負担も多いから、やってる最中はとにかくジェットコースターに出演者全員で乗るような感じでもう夢中なんですよ。実際的な肉体の疲労は精神も蝕むし・・・

皆さん肉を沢山食べてエネルギー補給ですよ!とにかくお怪我の無いように!わたしも彼女の稽古中には生肉を沢山食べた記憶が蘇ってます・・・







 

今日は、明日本番を迎える川崎Aliceさんの「走れメロス」のゲネプロを拝見させて頂いた。
最寄り駅「浜川崎駅」には初めて降りました。
尻手から最寄り駅を結ぶ電車は、川越線並みに本数が少なくて、車両は二両で川越線より少なくて、なんか親近感わきました。

明日の公演詳細は下記の団体HPで見られます。↓
http://www.sorasoba.com/

太宰治 「走れメロス」

私もこの作品に出演したことが有るんだ!と、ぶわ~と記憶が蘇って、自分は走れメロスを良く知っているんだということを思い出した。実は一回ではなく、時を隔てて幾つかの役を演じているんだと言うことを思い出した。

一回目は、小学5年生の時の校内学芸会で、狂った殺人鬼「ディオニス王」役だった。狂った役は気持ちが良かったような気がする。お客さんをギロギロ睨みまわしてたような記憶がある。
小学五年生の男の子みたいな女の子が演じる狂王は、父兄の方々に結構評判が良くて、知らない人から誉めてもらった記憶が有る。

狂王か・・・
今思うと、あのギロギロ睨みは父の真似だったのかも知れないな・・・

今日拝見した川崎Aliceさんのディオニス王も女性が演じていた。だからブワ~とそんなに古い記憶が出てきたんだろうか。

今日見た「走れメロス」は、先日京都の山に来てくれたメンバー達が三人も出演していて、代表のAshが演出。他の出演者もみんな若くて、誠実にそれぞれの役に向き合っていて好感が持てました。

明日一回こっきりの公演だそうです。
入場料は投げ銭制だそうです。
お時間が有れば是非。 初めての方はちょっとアクセスが難しいから、地図を調べてから行ったほうが良いですよ。

このアトリエで、おででこも11月に一本やらせて頂く事になりました。
本番の日程だけ決まりました。11/14(土).15(日)の二日間。
(11/13.14に本番日程は変更になっています。ご注意下さい)
さて何が出来るかな~?今日場所を見てきたので、具体的な妄想が広がって行きそうです。詳細は今しばらくお待ち下さい。

夜は近藤弐吉さんの芝居を飛込みで観劇。

面白かったな~本がとても面白かった!

沢山の登場人物を近藤さんと、天野弘愛さんのたった二人でリーディング。役者それぞれに胆力と熱量を要求する構成と演出で、お二人とも実力と魅力を感じさせてくれてましたね。

イラクの現代作家が書いた「戦争時代のお父さん」会場は阿佐ヶ谷ヴィオロン。
こちらは明日も明後日もやってます。会場が本当に小さいから予約した方が良いですね。
 
さて、明日はおででこ秋のワークショップ初日です。 
 

すでに9月になっています。

山から戻り忙しくしています。
各方面への報告、御礼、山ブログのアップと・・・遅れがちですが一つ一つ進めています。

今回の山企画は1週間有りましたので、ブログには書くことが沢山有ってなかなか進みませんが、今後何回かに分けてアップしていきますので是非ご覧になってください。

山にばかり集中してましたが、9月.10月のおででこワークショップ、今週日曜日から開始です!まだ参加募集中ですよ~、どうしようかと迷っている方、とりあえず9月だけでもというスタンスでも結構ですよ。
お申し込みはおででこHPの問い合わせフォームからどうぞ。 詳細は下記↓

「自分と繋がる、空間とつながる、観客と繋がる。」

~自分と他者への観察力と集中力を、動物のワークを取り入れながら養い、自身の肉体を十分に扱う技術を手に入れて、作品創作までを体験する二ヶ月間~


期間: 9月10月の二ヶ月間。全八回。
日時: 毎週日曜日の午後、13:10―16:40
講師: 演劇実験ユニット・おででこ 主宰、演出 須川弥香
場所: 板橋区内の稽古場(詳細は参加者に直接お知らせします。)
料金: 月8千円。(月謝制)
参加条件: 年齢、経験、性別不問。ただし休まず遅れずに来られる方。
★9月のみの受講は可能ですが、10月のみの受講はお断りします。9月の内容を積み重ねて、10月は作品化に取り掛かるからです。


■おででこの目指す演劇ワークショップとは、肉体と意識にある種の改革を起こすことです。肉体や意識がなぞっている「習慣」を変えようとする試みです。

■おででこは、今年の11月と来年2月に公演を予定しています。過去公演には、ワークショップ受講生から多数キャスティングされています。

■欠席遅刻についてですが、
来たり来なかったりする人の存在は、稽古場全体のエネルギーを下げる原因になるんですね。遅れたりすると、当人のエネルギーも低調になります。他の方々へも良い影響を与えません。おででこもそろそろ、その事実をちゃんと認めようと思っています。「仕方が無い」と目をつぶる「習慣」を変えたいと思っています。
 誰しも何か新たなものが欲しくて、自身に変化を起こしたくて学びに来ているはずです。誰かのためではなく自分のためです。かじった程度や、遅刻しても良いやでは変化は起きません。肉体と意識に変化が起きなければ、たった一回二千円のワークショップでも、そのお金は本当に無駄なお金になります。
 
少人数でも充実したワークショップにしたいと、おででこも本気で考えています。本気の皆さんと、豊かな発見の場にしていきたいと心より願っています。

疑問質問も、お問合せフォームから受付けています。 お気軽にどうぞ。


今回山企画を見切り発車で進めてみて改めて思っています。
わたしが何故こんな企画を始めたのか?と振り返っています。
今後企画が進み、沢山の人が関わって来ても、変質せずに大切にして置かなければ成らない肝。
落ち着いて言葉にしておく必要をとても感じています。

次回改めて書きます。
 

私今日から一足お先に山に入ります。

オフライン環境のためPC、FB ブログも放置に成ります。
携帯も二日に一度の確認になります。

25日頃下山予定です。

今年の状況の報告を楽しみにして下さい。 

行ってきます。 

公演終了後、ずっとブログ放置でした。

ブログに何かを改めて書くというのは構えた姿勢になりますので、億劫にも成りますが、時間が経つのはあっという間で
人を取り巻く環境も刻一刻と変化します。

書こうと思っていたことが色あせてしまい、
自分が何を一番大切にしているのか、
もやもやして明瞭でないことも多く
思考しているうちに
新たなテーマが出てきたりします。

おででこは今年5年目。
たかが5年されど5年。
おぎゃ~と生まれた子供が5歳になった事を思うと、
おしゃべりは上手になるし、自分の好き嫌いもはっきりし始める。
人間として5年くらいこの世で生きていると、本人のアイデンティティーが働き始めて、自らの歴史らしきものが積み重なりはじめるのかも知れません。

ところで犬の精神年齢は5歳児とほぼ同じらしい。
犬は大人になってもいつまでも5歳だなんて。
だから、あんなにも全身で喜びを表すのかしら?愛情の表現にも手抜きが無いのかしら?
いつまでも遊びたい盛りの5歳のままで、寂しさも愛もビシビシ感じ過ぎる鋭敏な5歳のままで、肉体だけ年老いていく犬・・・

この5年でおででこを介した繋がりも千変万化。
濃くなったり、薄くなったり、切れたり、復活したり、5年とはそういう時間の流れなのでしょう。

私自身の事を言えば、
一俳優という肩書きから、主宰、制作、演出という肩書きの比重が年々大きくなった5年。
確実に出会いの層が変わって面白い。

反面、オヤオヤなこともある。
それは私が女だから出会うんですが、男社会で生きていく訓練を、上司は男だと想定した、縦社会従属の訓練を、子供の頃から正しく積んできた、ある種の男たちにとっては、どう接していいのか分からないというね。きっと本人も気付かないほど反射的に、拒否る空気が出ることが有ります。

こう言うタイプ、今の20代男子には少ないかも知れませんが、30代以上の男子には居ます。40代はもう一杯居ますよ。まあね過渡期なのかしらね?

男女共同参画と言ったって、根底は古い男尊女卑の亡霊が支配する国。
日本男子をそんな亡霊から開放させてあげたいな~。
そうです。開放されるべきは女ではなく男です。

まあ女も解放されるべきですけどね。
馬鹿な振りしてないとモテナイなんて幻想とかからね。
男も女も賢い方が良いに決まってるんです。
いざと言うとき役に立つのは賢い人だから。
賢くないと役に立たないから。
賢い人と話してる方が絶対楽しいし。


7月、イラン・レイシェルのワークショップを受けてきた。
初めてのアレキサンダー・テクニーク体験はvery goodでした。

イランの指導がまた素晴らしかった~
彼が身体の使い方のなかで、「let go=手放す」 ってことを言ってたんだけど、この手放すって言葉の深さに痺れてます。アナと雪の女王はlet it go!でしたっけ?

私たちが「しがみついてる物」って実は一杯ある。
粘着質でない人のほうが圧倒的に少ないんです。
肉体の使い方、思考の仕方、全て私たちは習慣の虜です。
しがみついてる物を手放して、適切にエネルギーを使ってやれば、
私たちはもっと能力を発揮する。

手放す=解放する でもあります。

アレキサンダー・テクニークは、ようやく日本でも馴染み深くなってきてますが、スタニスラフスキー・システムとかメソッドとかの方がまだ馴染み深いカタカナですよね。

私は受けながら「なるほど~なるほど~」って一杯思っちゃったね。
ヨーロッパの演出家の根底には、この知恵が有るんだと。
なるほど~、あの演出家の言ってたのはこう言う根本原理からだったのかと。ばらばらのパーツがパチパチはまって行く様な感動。

いやはや、しかし何故今まで受けなかったのだろう?

もう少し早く出会っても良かったけど・・・
いや私にとってはベストなタイミングでの出会いです。
物事には全てベストのタイミングがある。
今後の人生にとって、今の私の心と身体にとって、アレキサンダー・テクニークがもたらしてくれる効能は計り知れないと思う。

let go=手放す=解放する

早速入門編の本を手に入れ、地味に自分の肉体で実験開始しています。
しかし、出会ってまだ一ヶ月ですが、あれほど慢性化していた腰痛が、当たり前だった右肩の痛みと右足の坐骨神経が、背骨と骨盤の関係と、立ち方と歩き方が、めきめきめきと変化しはじめてる。らしいこの感触。

今まで、自分を使用する上での最大の過ちは、too much やりすぎだったって事だ。もっと抜いて良いし、自分の身体の造りを信じて良い。人間の身体はよく出来ている。実に無理なく二足歩行に進化してきている。自然?神?宇宙?が作り出してくれた背骨の湾曲。

自分人体実験が楽しみです。自分を適切に使用する実験。


★来週、京都の山企画が本格的に始まります。
私は今週末から山に入って、皆を迎える準備です。

山の企画の進捗を、おででこ京都芦見谷のblog でアップして行きます。 
今はまだ最初の記事を下書き中です。山に行く前にはアップします。しばしお待ち下さい。

★9月10月はおででこワークショップを週一回(毎週日曜日)開催します。
ただ今参加者募集中です。詳細はおででこHPへ

★そして11月、急な展開ですが、公演を行うことになりました。
この詳細は近日ご報告します。

全ての準備を、こつこつと。
一人でもんもんと思考してるときは孤独です。

団体の主宰とか、演出家は、みなさんやっぱり孤独に向かい合ってるんだろうと思います。責任を全て負ってる感じは、首元をぎゅ~とされてる圧迫感が有ったりしてさ、それはそれはストレスフルなんだけど、でももの凄く自由だったりと相反する感じがね、又苦しかったりね。
はっきりしてるのは、誰かが何かをしてくれるわけじゃない。そんな甘い期待はlet go!

実際に事が動き始めると楽になるから今は辛抱辛抱と言い聞かせてます。
人が集まってきたらいろんなことが回転し始める。
回転速度がついた物を、前に転がすのはそんなにしんどくない。
何がしんどいって、最初の一回転目を起こすのが重労働。
そこまで行けるかどうか?
それはもう誰のせいでも無い訳です。


あ~あ、早くお山のむせ返る緑にまみれて、「母を訪ねて三千里」のテーマソングか、「フランダースの犬」を、関節を思い切り手放して熱唱したいよ~!

アナと雪の女王じゃあないんですね

今朝は7時前に、昨日は6時に、その前は5時に、目覚まし時計に関係なく勝手に目が覚める。これはちょっとずつ時差ぼけを解消している状態に近いのかな?

おででこ第七回公演「岸田國士の思案」5/26-31@日暮里Art Cafe 百舌。千秋楽が先週の日曜日。
岸田國士の脳内世界から、2015年の日本に帰還して1週間以上が過ぎたが、稽古中に習慣付いてしまった朝5時起きの毎日がこの1週間もまだ続いていた。

今回の公演はなんだったのか・・・
細部の評価はまだこれからだけれど、今回の作品で到達したかった”なにものか”は手に出来た充実感はある。

戯曲と評論を取り混ぜての構成。
「それだけで十分面白い岸田戯曲の合間に、評論を入れる必要があるの?」

そういう質問を何度も受けた。

大タイトルを「岸田國士の思案」とつけた段階で、後戻りの出来ない挑戦に成ったんですと答えてるけど、今回、岸田國士氏の思案の、ほんの一部でもいいからお客様に、「特に若い世代に」プレゼントしたかったのだから、私にとっては評論はこの創作の核だった。

お陰で構成段階から、死ぬ思いの悪戦苦闘になったし、演出に入ってからは、役者陣にも、役を背負っている次元から、よりニュートラルなオープンな状態に移行して評論を読むという、10年選手の俳優でもかなり難易度の高い技術に挑戦してもらった。

しかししんどかった~稽古場も遠すぎた~(もう二度とあの稽古場借りないわ)集中稽古に入ってからは、毎日朝5時に目覚め、評論部分の選定と剪定。2時間近くかけて稽古場に向かい、午後から夜21時過ぎまで稽古。そしてまた2時間近くかけて自宅に戻り、倒れるように眠り、又5時に目覚め評論の選定・・・そんな状態が本番前まで続いて、小屋入りの前日にとうとう発熱してしまった。
(ちなみに体調は、初日前日に、南高梅漬けにんにくワンパックを全部食べ、赤ワインを飲んでバク睡したところ、奇跡的な復活 恐るべしにんにくパワーです

岸田國士、秋子夫妻。
004


岸田さんの言葉の選び方は、戯曲同様評論も、時には真意がすぐには伝わらないような、読み解き難い言い回しや曖昧な語尾が多く、これは彼の美意識の成せるわざでもあり、断定的な物言いを美しいと思わないためでもあるけれど、同じ回りくどさでも、書かれた時期では微妙に色彩が違うことを発見した時には、「やっぱりそうなんだ!」と思った。

つまり、物言えぬ空気がたち込めた時代だったということなのだ。戦争へ戦争へと傾いていった昭和10年代、彼は何者かの意向を慮って書かねば成らなくなり、直裁に物が言えなくなった結果、益々比喩的表現に拍車がかかって行ったということなのだ。

特に、彼自身が大政翼賛会の文化部長であった時と、その職を辞めた後では、同じ戦中に書かれた評論でも、表に見える文字の裏に透けて見える”彼の本音”が、ずっと読み取りやすくなっていると感じるのだ。

膨大な彼の評論の中で、今回私が紐解いたのは、新潮社版の全集の十巻が主で、作品の構成に引用したのはその中でもごく一部だけれど、戦中、戦後に書かれた散文、評論の中には、彼の心の底からの怒りや、嘆きや、祈りや、心の叫びに近いニュアンスを感じる文章もあり、彼はこれを泣きながら書いていたんじゃないかとさえ思えるような物もあって、実は、構成のために、一人で自宅でパソコンに向かいながら、私自身が何度も涙が出てきて困った。

彼が戦中、大政翼賛会の文化部長を勤め、その事実によって、戦後GHQより、侵略戦争を推進した側に立った文化人としてレッテルを貼られ、三年間公職追放されたことは知られた事実だが、彼の戯曲に登場する人々の心遣いの美しさや、評論の裏に透けて見える彼の本音や、散文に登場する、彼が好ましいと感じる市井の人々の暮らしのスケッチと、「軍国主義的封建政治の信奉者」としてのイメージがあまりに程遠いので、何でだろうなと以前から疑問を持っていたが、やはり思ったとおり、日本全体があの泥沼の戦争へと急ピッチで突入していった昭和10年代、彼の人気作家としての立場を政治側が利用したのであろうし、彼もその理想家肌の男意気で、その政治側の意思を逆利用して、少しでも日本人に”何事か”を発信しようと、ペンを使って出来うる限りの意識改革をさせようと戦っていたんじゃないかと思うのだが、これはしかし・・・私自身が今回の創作を通じ、余りに岸田さんを好きに成ってしまったが為の肩入れなのかな?

今回の私の創作の目的、若い世代のお客様に、岸田の思案をプレゼントしたいという願いは、いくらかは果たせたようだ。20歳代の観客たちが、「言葉は難しいけど、特に評論が面白かったと」いう感想や、「まるで今の日本人のことを書いてるみたい」という感想をくれている。

そうなのです!そのことを伝えたくて岸田さんの評論をあえて構成に入れたのです。恐ろしいことに、戦後70年目を迎えるはずの今年、この日本に充満している空気が、岸田さんが生きた70年前、80年前の戦中と変わらない「物言えぬ重圧」に満ちているという事。
それは、あの時代の空気を良く知る、私の両親と同世代の70歳代、又はそれ以上の80歳代のお客様が、「面白かった~!実に良く分かる。我々の世代のお客は喜ぶ」とコメントされていることからも・・・複雑な気持に成るが、まさに日本を覆う空気の危うさなのだ。

お客様の声はおででこHPで読んでいただけます→http://odedeko.sakura.ne.jp/history.htm (岸田國士の思案のチラシ画像の下にある「お客様のコメント」をクリックして下さい。)

そして、難しい構成だったからこそ、今回は本当に俳優陣に感謝している。今回ほど役者が誉めらることが、我が事のように嬉しい公演は無いかもしれない。ベテランはベテランの責任において、若手は若手の出来る事を、真摯に、ピュアに、作品と相手役とお客様に向き合ってくれた。

今回のキャストは20歳代が多かった。10歳代も一人居た。そしておででこ初出演が半数いた。私は当然、この若いキャストに、岸田氏の思案を、演者自身が自分の脳で思案し直して欲しいと要求した。みんなどの程度思案して舞台に立ってくれたのかしら?演出が何度も要求した所で、本気に成って役者が行動してくれなければお手上げだ。ただし、その本気の行動の程度の差は、個々の舞台での存在感に直結していたと思う。恐いことだがお客様にはばればれなんだな。

当然、キャストそれぞれが、それぞれの段階の課題をもっている。
役者としてまだ始めたばかりの者。まだ入り口にも立ってないかもしれない者。かなり自立して、本物の表現者への道を歩き始めてる者。演じることとは、かっこ付ける事、嘘をつくことだとずっと思って来た者など。
みんな表現者になろうと志し、何かに憧れて、様々なところで学んできた。その場所やものによって、身につけてきた物が当然沢山ある。そして、ちょっとした巡り会わせで私に出会い、今回の出演に至っている。先ずはそれぞれが懸命に自分のタスクに向き合ってくれたことに感謝したい。

ちょっと極論ですが、私にとっては、みんなが役者としてどう大成して行くかとか、有名になるとか、売れるとかはどうでも良いとは言わないけど、実は二の次だったりする。
だって、中にはとっとと役者に見切りをつける者もいるだろうし、その方がずっと有意義な人生かも知れないし、返って自分で結論を出した勇気は天晴れだし、誉められることかもしれない。中には超~有名になって、何羽にもなって帰って来てくれる者もあるかも知れないし、それはそれで素敵だけど、それよりも、役者としてと言うよりも、人間としての個々の成長に、この創作現場での体験が寄与していたら、本当に私は嬉しい。

今回の創作現場での体験は、個々の人生の中でのリアルな体験。この作品を通しての経験は、虚構の世界を構築するために、個々が生身の肉体を持ち込んで行った、リアルな事実なんだと言うこと。背負った役の人生や、役が生きた時代や、覗き見た岸田さんの脳内世界や、演出に厳しい要求をされ、きつく叱られた事や、遅刻したり、言い訳したりしてかっちょ悪かったことや、もうあまりの出来なさ加減に呆然としてへこんで、帰り道の記憶が無かった事や、愛想笑いも出来なくなって真剣に成らざるを得なく成った瞬間の事の全部が全部、個々の人間成長への糧に成っていることだけを、心の底から願っている。けど、それもまあ、時間の掛かることだし、受け取る器によるのかもしれないし、今回受け取れなくても、いつか分かる時が来るのかもしれない。

005
演出の私が本番は役者として入るので、本番の舞台は見ることは出来ない。これはおででこの背負ったリスク。だから場当たり(照明作り)が命だし、ゲネまでは、私自身が出演しているところ以外では客席に飛び出し、駄目だしノートを取り続ける。でも、本番では、裏で役者たちの声を聞きつつ、舞台上の状況や空気を把握するしかなくなる。

つまり、おや?っと思ったときに、キャスト同士で指摘しあえなければ、本番に入ってから作品のクオリティーがずるずると際限なく落ちていく可能性が有るのだ。

だからキャストには、お互いに言い合える信頼と関係性を築く事を要求した。最初稽古場ではギクシャクしていたけど、小屋に入ってからの彼らのチームワークは素晴らしかった。それは、評論部分での演出のつけ方が、その助けになっていたのか?私が余りに厳しいので、キャスト同士が労わりあった結果なのか?微妙だが、今回はキャスト同士がみんな本当に仲良くなって、座組みとして健やかに良く育ってくれた。実際作品も落ちるどころか千秋楽までずっと成長し続けてくれた。

人が持てる魂と、感情と、肉体と、知性と、経験の全てを使ってする仕事が、舞台創作であり表現活動。一人芝居でない限り、集団創作であると言う事は共同作業で、つまり、ちょっと上手いとかちょっと可愛いなんて、実はなんの助けにもならなくて、その人の人間性そのまんまが作品に反映される。

人こそが劇団にとっての財産。
おででこは少しずつそんな確かな財産を築き始めている。それはキャストだけに留まらず、スタッフやブレーンも含めての事。

舞台人にとって、舞台を愛するとは、自分の人生と同じように役の人生を愛することだし、相手役を愛することだし、お客様を愛することだし、劇場空間丸ごと愛することだし、共に演技してくれている小道具を、大道具を、衣装を大切に扱うことだ。
虚構の空間だからこそ、にせものの空間だからこそ、細心の注意で構築しなければ一機に瓦解する。汚いものや、やっつけ仕事は、おででこの舞台には要らない。本当に舞台を愛すると言うことの意味を、本当に知っている本物たちと、これからも繋がって行きたいと切に切に願っている。


沢山のご来場、応援、本当に有難うございました。この経験を糧に、次なるプレゼントをみなさまにお届けできるように、ますます精進していきたいと思います。 どうぞ、これからもおででこの活動に注目してください。


今回の構成の順序と使用した戯曲と評論は下記です。

女らしさ」について  昭和十四年 婦人公論 

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 驟雨  大正15年 文芸春秋

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 空地利用   昭和十八年 文学界

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麵麭屋文六の思案  大正15年 文芸春秋

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青年へ、 昭和十六年 読売新聞   女性へ1、 昭和十六年  朝日新聞

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 遂に知らん文六 昭和二年 週刊朝日

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日本人畸形説 「大事なこと」とは?  「宛名のない手紙」として玄想に連載 1947(昭和22)年31

『日本人とはなにか』前書き = 玄想 第二巻第六号1948(昭和23)年61

六号記 = 文芸懇話会 1936(昭和11)年21

言葉言葉言葉 = 文芸春秋 1924(大正13)年91日発行

妻の日記 = 婦人公論 1943(昭和18)年11日、21日発行

 

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