Sugawa Mika のブログ

日々のこと、 生きたい世の中のこと、 演劇のこと

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演劇以外

風か?
駅に着いたのが22:30頃、駅から歩いて五分、我が団地の入り口のお寺の角を曲がった途端に、なにやら聞こえてくる、長く尾を引く不穏な音?野生の声?悲鳴?遠吠え?

春まだ浅き、冷たく強い風が吹きつける夜、一瞬にして変ん~な汗が噴き出してくる。まだ2ブロック先に見える我が5号棟、4階の明かりのない私の部屋を睨み駆け出す!近づくにつれその悲鳴?のような遠吠え?はさらに大きく聞こえてくるし、もう~間違いない。

ヴィイよよお~~ん」
「キュキュ~~ウン!
ひゃ!ひゃ!ひゃあ~!

あいたた・・・しかし、レックはこれいつからやってるんだろ!?

団地ってのは、横に長い同じ形の建物が、同じ向きに等間隔に並んでるってこと。鉄筋コンクリートの建物は、また見事に音を反響する性質が有るようで、その建物の端から端まで、彼の悲鳴をぶつけつつ増幅して拡散してくれているみたい。

エレベーターの無い古い団地の階段を駆け上がる。鍵を開けて部屋に入り、電気を点けるのももどかしい。

ゲージの中で立ち上がったままのレックのつぶらな瞳。
レックは遠吠えは止めたものの、ゲージの扉が開くのも待てず、、激しいボディーランゲージとお喋りを始める。
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「うわわん!ぎゅう~うひゃののに、にゃわん!わんわん!ごががが・・・」

バウリンガルってのがあった。犬の言葉を翻訳する。この彼の盛大なお喋りは何と訳すのかしら?まあ、全身から発散する感情の大波は訳されなくても充分だけど。

「全くどこ行ってたんだよ~焦ったよもう~!真っ暗になってもだれも帰ってこないしさ~、大体ここよく知らない場所何だからさ、こんなに長い時間一人にするなんて勘弁してよ~!」

002で、「お帰りの儀式。」スリッパをかじって体当たり。彼のスリッパを咥える癖は、じゃれついて遊ぶ時のあま噛みがかなり痛く、飼い主が雑巾を噛ませたのが始まり。じゃれたい時は、自ら何かを咥えて体当たりしてくるレック。

 


 
で、気がすんだら寝る。017

待たされてる間の不安と、声を限りの遠吠えに、すっかり消耗した様子の彼。 
しかしこの子の寝方・・・(^^:
犬って普通こういう寝方する?

この遠吠え事件は二日目の夜の事。

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初日は緊張してたらしく、こんな感じ。 
 







003なるべく寝て現実逃避をするか、











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起きてれば、こちらの姿が見えなくなると不安に
なって、トイレにも風
呂にもついくる。
しかし、見事に下がりきった尻尾とまゆ毛・・・かわいそうだが笑ってしまう。



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犬の世話はしかし大変だね~。朝
晩の散歩は最低20分。
私ウンチの回収も上手くなったわ。




遠吠えは二日目だけで、遅くなっても帰ってくると学習したのか、三日目はおとなしく待ってくれてたし、基本しつけの行き届いた利口な犬だけど、あまりにもほっとかれると寂しくてぐれるみたいだし、同居人がいるのと気分は同じだね。何よりも家に待ってると思うと早く帰ってやらなきゃって気が気じゃない。

レックのお陰で、めったに行かない団地の裏の川沿いの道を散歩して、身近な春に触れた数日でした。
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三泊四日のドッグシッター任務完了。
昨日の夜、無事お迎えが来て、下がってた尻尾を盛大に振って、すっかり元気になって、これまた盛大なお喋りを繰り広げ、姉と姪に連れられて帰っていきました。

やれやれ・・・春の珍客騒動記でございました。


 

昨夜は新宿三丁目で、前回おででこにも出演してくれた山谷さんと、八月公演についての打ち合わせ。山谷さんは、演劇人としては、私より二世代くらい上の大先輩だけど、演劇を愛する演劇仲間として、本音で話せる貴重な存在。

昨日も話の内容は、次回作品の構成だけにとどまらず、日本の演劇一般の話に及び、濃い~い充実の飲み。4時間があっという間。私本当に気分が良かったらしく、珍しく日本酒をお燗で二合も一人で空けてしまった。 

ほろ酔い気分の帰りの電車の中、姉からメール。

「21日から23日まで家族でスキーに行くからレックの面倒見てくれませんか?」 
私の返信、
「しかし、急だね?こっちに連れてくるなら面倒見るよ」

「こっちに泊まってよ」
 私
「無理だよ、現在進行形の企画が幾つかあるし、その間は一日バイトだし」

「じゃあ明日の夜連れて行くよ。何時に行けばいいの?」

「明日は23時終わり予定だよ」

「遅いんだね」

「遅いよ~!面倒なら午前中に連れてきてよ!」

てことで、今朝八時に玄関先にゲージと餌が届けられ、彼自身はあとから甥っ子が連れ来て、慣れない我が家の玄関に据えられたちっちゃいゲージの中で、しょんぼりしてます。白い柴犬”レック”。

「レックそんなにしょげるなよ、私も頑張るからさ」と慰めつつ・・・三泊四日のドッグシッター開始です。

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2月28日、マルクスさん、天沼さんの10日間WS最終日、両国シアターXで、作り上げた作品をお客様の前で披露した。

Bigな両氏、マルクスさん天沼さんと。(打ち上げにて)↓
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作品は、ブレヒト作、クルトワイル音楽のオペラ「マハゴニー市の興亡」を、ぎゅぎゅっと凝縮して約一時間の作品に仕上げたもの。この日の発表作品につけられた題名は、

「ふくしまマハゴニー」

作品のあらすじは、
マハゴニー市という、砂漠に突如作られた、ラスベガスを思わせるような歓楽街が舞台。この町自体を作り上げた女主人べグビックは、ゴールドラッシュに沸くアラスカに行き、自分自身が労働して砂金を手にするよりも、砂金取りの労働者からの方が、簡単にが引っ張り出せる事に気がついたお利巧さん。彼女は言う、「焼き鳥にする鳥を取るための、網のような町を作るんだ」と。そしてアラスカ帰りの男たちが、稼いだ有り金をもって、快楽と享楽を求めて、金さえあれば何でも出来るマハゴニ-へ、焼き鳥の鳥になるべくやってくる。男たちが求めるものは、美食と女と酒と賭け事。死ぬまで食い続ける者。女をとっかえひっかえする者。自らの命と引き換えに賭けボクシングに挑む者。人々が狂乱の宴に興じている真っ最中、マハゴニーをハリケーンが襲う。何もかもが破壊されようとしたその時、人々は謙虚になるどころか、「どうせめちゃくちゃになるんだからもっとやりたい放題やっちゃおうぜ~」と宴を続けるというお話。

これは、20世紀を代表するドイツの劇作家、ブレヒトが、第一次世界大戦と第二次世界大戦の狭間に書いた、資本主義システムへの批判をこめた作品。なぜドイツから来た演出家マルクスさんが、今年のWSのお題にこれを選んだのか?なぜ今、日本社会と日本人に、この作品を提示したかったのか?

上に書いたあらすじからピンと来るだろうか?

今回は劇中で映像が使われている。これは完全にマルクスの演出。
一つ目は、劇中の冒頭、女主人べグビックがマハゴニーを作ろうと宣言する時、舞台上、後ろの壁一面に、不夜城東京のネオン映像。
そして二つ目は、どうせハリケーンで何もかもめちゃめちゃになるなら、もっと好き放題やろうと、人々が狂乱の宴を続ける中、三年前の大震災の津波映像


三年前の大震災、その被害に世界が驚愕し、心からの同情と救援の手が、全世界の人々から差し伸べられた。あの大災害の中でも、秩序と思いやりを保ち、悲しみに耐える日本人の姿に、世界中の人々が感動し、尊敬の念すら抱いてくれたことを、そして逆に、私たち日本人が、そんな世界の反応に勇気付けられたことを、いくら忘れっぽい日本人でもまだ覚えているはずだ。

フクシマ原発事故後、ドイツが国家を挙げて脱原発に舵を切った事は周知の事実。片や事故を起こした張本人は、阿部政権の下、原発を主要電源と位置づけ、原発再稼動と他国への原発輸出に躍起だ。

高濃度汚染水が毎日ジャブジャブ垂れ流されてるが、そのことを気にしている日本人は、今どのくらい居るのだろう?「どうせ止まらないなら騒いでもしょうがないでしょ?」と、先日、私とほぼ同い年の、中年日本男児は言い放ってくれたっけ。国内のテレビニュースでも真摯に取り上げなくなって、みんな鈍感に・・・いや、と~っても敏感に、ニホンが放射能汚染大国であることは、「見ざる言わざる聞かざる」状態。その代りテレビでは、みんなが大好物なオリンピックと、隣国攻撃と・・・つまりは「日本人ってやっぱり凄いね!」っていう文脈に繋がる話題ばかり。

つまりこの作品は、マルクスさんが突きつけた、日本人自身の「姿見」だ。

ドイツでは毎日、日本の高濃度汚染水”だだもれ”について、報道がされてるそうです。日本国内よりも海外のほうが、正しい情報に触れられるってさ・・・もう施行される前から秘密保護法が機能してるって事?あの大災害から学べないなんて、それこそ死んだ人が浮かばれないだろう?って私は思うのだけど。

震災から三年たった今、世界が日本を見る目の冷たさをひりひりと感じないだろうか。愚かで無責任な国と烙印を押されることにこそプライドが傷つき、落胆を覚えないだろうか。三年前には尊敬の目で見てくれていたドイツだが、今や日本はすっかり危険な国扱いだと、出演者でつい先日までドイツ留学していたオペラ歌手の響子さんが言っていた。


「ふくしまマハゴニー」

この題名が的を得たものであるかどうかは、意見が分かれる。終演後の観客を交えたアフターミーティングでも、題名に対する疑問を口にする意見が出ていた。しかしそれでいい。作品を人目に晒す、観客から色んな反応が出る。疑問も反論も出る。自分との違いを感じ、好きだ嫌いだも含めて、作り手も観客も、思考が回転し、研がれて深まり、劇場に入って来たときよりは成長して?・・・成長とまでは行かなくても”何か”を獲得して帰る。それがわざわざ劇場に足を運んで作品を見るということの目的の一つ。

若い男性が「何がテーマなのか分からない」という発言をした。その質問に答える天沼さんの声が元気を失っていくように思えた。

でも彼は発言した。「分からないから知りたい」と。

去年見て今年も見に来た人の感想で、「去年はただ、黒いワンピースのコーラスたちが、生きた空気のようで、その面白さに釘付けになったけど、今年はテーマが深い、考えさせられますね。」という人が居た。

良かったと思った。

アフターミーティングで、参加者に求められたコメントの中で、私は、「マルクスの演出のなかで、どのように演技するのかを、演技者自身が深く考え続けることの重要性を再認識したし、今の日本のこのひどい状況は、日本人が、考えることを放棄した結果なんじゃないだろうかと思った。だからWSは終わっても、ドイツから来たマルクスさんからは、継続して考え続けるというお題を貰ったようだ・・・」というようなことを言った。

そしたら、その後、
シアターXを通して知り合ったある演劇人(彼もほぼ同級の中年日本男児)に、

「最後のあのコメントはいらないよ、もっと日本の良い所を見つけなよ!」

と言われた。

一気に気持ちが暗くなった。

「いらないよ」と言い切る彼の思想に私は、 ぞっとした。

でも、それって「今のマスコミの主流な論調ですよ。」と出演者の一人が、落ち込む私を慰めてくれた。

彼は演劇人かもしれないけど、リアルテレビっ子なんだろう。

で、いずれ、近い将来、

「いらいないよ」じゃなくて、

「そんなこと言うなら日本から出て行けよ」

になるんだろうか。



終演後のロビーで、福島出身の私のお客さんが、「あの最後の映像は見てられないです」と言っていた。使われたのはリアルな実際の映像で、車や家が波に飲まれ流されていくもの。
若い彼女の目には涙が溢れていた。その厳しい表情には、複雑な思いが交錯しているようで、実際にあの映像を使う必要があるんですか?と問うていた。

どうなのか?私もわからない。

でも、あの映像の前で芝居をした人間としての責任はあると思っている。


下記マルクスさんのHP。
http://markuskopf.de/media/

彼は稽古の最中にビデオやカメラをバシバシ取り捲る演出家。(私は初めて会うタイプかな?)去年の「三文オペラ」の写真と、動画がアップされてます。私のほぼすっぴん、すんげ~~表情、すんげ~~豊かな二の腕も(^^;;
結構写ってます。
近日中に今年のWS写真もアップされると思うので、ご興味があれば覗いてみてください。





海外に行って帰ってくると、暫くはジーンと脳がしびれた様な感覚が続く。楽しさだけでなく、海外でのカルチャーショックとかの厳しさ?も加わって、終わってしまったな~という、安心感と寂しさのごちゃ混ぜの感覚。自分自身の「人生のバカンス」を過ごしてきたような・・・大げさだけど、国内で過ごすバカンスとはやっぱり絶対に違ってて、自分に嵌めてるたがをびよよ~んと伸ばして来たような、その反対に日本国内では絶対に働かない神経が海外では働くから、緊張状態でもあったりするし、日本国内の日常生活に戻るのに、時差ぼけがあるとかないとかよりも、心の状態の適用にちょっと時間がかかるみたいだ。
脳のしびれは、英語を懸命に使ったせいもある。今回も上手く使えなかった~という悔しさが60パーセント、それでも以前よりは進歩している自分への喜びが40パーセントくらいの比率だろうか?まして、大切な人たちを前に、自分の思いを、ちゃんと言葉に(英語に)出来ないもどかしさと悔しさは・・・、毎度の事ながら、ちょっと涙腺がゆるくなるくらい情けなかったりする。だから、私の英語学習意欲は、いつも海外から帰ってきたときが一番熱いんだな。

何回かに分けてHawaii旅行の報告をアップします。
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もう始動し始めてる今年の私の演劇予定と、prety sorryなmy economicをにらみ・・・・行くのか行くまいか本当に悩んだ。でも、

会いたい人には 会いたい時に 会いに行く

のが、私だし・・・内なるささやき声も日に日に大きくなる。

「大丈夫大丈夫、何とかなるって、その後のことは後で考えればいいって、というかもう考えても仕方ないし、生きてりゃ何とかなるって、まだまだ生きてるでしょあんた?まだ死なないって~!」
と、開き直るこの声の主は、天使?悪魔?
それに二人の住むHawaiiを見るなら今しかないのは事実。

ええい行っちゃえ~七日間のバカンス!
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●2/2成田20時発。  
●2/2Honolulu朝7時着。
●現地滞在5日間と半日。 
●2/7Honolulu午後1時半発。 
●2/8成田17時着。

私は、Hawaiiお初のビギナー。

今回のたび友、モウリちゃんは、子供の頃から家族で何回も来てるという、なんともうらやますい~いHawaii上級者です。

航空券とホテルは旅行会社のお安いツアーで確保し、滞在中の予定はフリー。
時差ぼけで、体がだるい。

しょっちゅうハワイと日本を行き来している人に言わせると、ハワイから日本より、日本からハワイの時のほうが体が辛いらしい。日本からハワイに、東に向かって飛ぶってのは、日付変更線を越えて、過去にさかのぼるってことになるわけで、その自然の摂理に反した不自然さと、その体の辛さはどっか関係が或るんじゃないかい?と思ったりしてるけど・・・わ?でも、その日付変更線は、人間が勝手につけたものだから、別に”地球さん”にとっては関係ないんだな。で、人類も地球に生きる動物だから、過去にさかのぼるなんてのはおかしな話???・・・う~ん疑問が深まりますな~。

ホテルへのチェックインは15時で、まだたっぷり時間がある。空港からWaikiki中心部までは、旅行会社のバスで運んでくれる。スーツケースはチェックインにあわせてホテルに届けてくれる。ほ~~至れり尽くせりです。そういうところがツアーはいいね。実は初めての場所で、まして海外で、この到着した直後の諸々がストレスだったりするから。
 
CIMG0009Waikikiに到着し、そのままロイヤル・ハワイアン・ホテルのマイタイバーに直行。そこで私たちを迎えてくれたのは、Hawaii住人のGeneさんとEmiちゃんご夫婦。








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Emiちゃんに会うのは、一昨年夏の京都以来。くっきりきっぱりとした美しい顔立ちは、どこか日本人形のようで、シンプルな佇まいがカッコいいmade in 大分の彼女。



Geneさんとは初対面。どことなく俳優の寺尾あきら似で、物静かで、知的で柔和な面立ちで、ふわっと広がる優しい笑顔が素敵。
彼はパイロット。最初はAmerican armyのヘリコプター操縦士としてキャリアをスタートさせ、アメリカ、アジア、アフリカ、ユーロ、アラスカ・・・、世界中の空を飛んできた超ベテラン。CIMG0026もう50年くらいのキャリアが或るのかな?今は、パイロットとして飛びつつ、古い飛行機を整備しなおして、もう一度蘇らせるっていう仕事を、ご自身でやってる。パイロットであり、飛行機職人(メカニック)でもある。

はいはいはいそりゃEmiちゃん惚れるよね~と納得。
Geneさん、自分の体と手と知恵を使い、何かを作り出す人独特の魅力、雰囲気を持ってる方です。カッコいいもんね。


Hawaiiはこの時期雨季で、気温もそれほど高くない。私たちの滞在中のお天気は、残念ながら不安定らしい・・・
「今日はまだ幾分晴れてるよね」と、Geneさん、
「後からやっぱりあの日がBestだったと後悔するのは嫌だからね」CIMG0034と、


初上陸記念、
初マイタイもそこそこに、連れて来られたのはまたしても空港?!





空港の中のどこなのか?正確な位置関係は私には不明だけど、小型の飛行機、個人所有の飛行機とかが発着するエリアなのかな?きれいな建物の中の、ゆったり優雅な待合室で、「落ちても文句言いません」と言う書類にサインをする。

ん??


CIMG0012「この待合室には世界中のビップが来ますよ」と、Emiちゃん。
そう聞いたら座っとかないとね。


待合室から直結した格納庫に、彼女居ました。

真っ赤なBodyが美しい。
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まるで貴婦人のような優雅さ、もしくは壊れやすい工芸品のような繊細さ、年代を経てさらに価値があがる骨董品のような?

本当~~にきれいです。
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この飛行機は、1929年から飛んでて今年で85歳。当時、まだ飛行機が珍しかったころに、地元の人や観光客を”飛行機に慣れさせる”という目的で、沢山の観光客を乗せて飛んだとの事。
現在は、Hawaiian Airlinesの社員とか、ビップたちがオアフに滞在したときに、接待で飛んでるとの事です。d



だから博物館に展示されてるんじゃなくて、まだまだ現役で、人を乗せて飛んでるんです。



「空からオアフを見せてあげるよ」
とGeneさん。


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え?
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ええ?!

うそ~~!
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初日からこの旅最大のハイライトがやって来ちゃった?!

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この景色を見て何処か分かったら、かなりな通とお見受けします。

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二日目は、住人のえみちゃんの運転で、ワイキキから東周りのドライブ。

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子供の頃から、何度も来てる毛利ちゃんでも、初めて訪れるスピリチュアルプレースに連れて来て貰いました。

空気が澄んでるのに濃密。
日本の古い寺や神社を訪れた時と同じような、静かで深い感覚を呼び起こす。



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しばし日本脱出します。
出国ゲート通る前に、既に出来上がってる女二人ですぅ。





と、書いた投稿が不完全だったらしく遅ればせながら…

2014年に入ったばかりだと思ったらもう一月も終わり。
本当に早い。
次々入る情報を処理しきれないまま日々に流されてるな・・・。

でも今年のスタートは良い感じだった。140101_090448
元旦は宇治の叔父宅で過ごし、叔母と叔父の正月スペシャル料理に心もお腹もいっぱいになり、母方のじいちゃんばあちゃんの墓参りにも数年ぶりに行けた。

その後の京都の山での数日は、父母としゃべりたおして飲みたおして、目一杯体中の毛穴を広げて、山の空気を吸い込んで、電磁波とケミカルと放射能源からも遠く離れた環境が、本当に人間の体に良いことを確信した。重なった疲労と、都市生活で身についた、目に見えない汚れが幾分洗い流されたみたい。
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2009年の癌再発から5年目に入った父は、暮れの検査結果が陰性だったと喜んでる。治療中は禁酒してるが、「正月中は解禁じゃ~」と、毎晩飲む。
 

親類は、父方も母方もみんな酒好きだけど、私の酒に強い体質は母譲りかな?
でも母は酔ってカラムという悪癖を持つ。結構迷惑な酒なんだよね。彼女は私が一緒だと益々安心して気持ちよく酔うようで、時に、父への恨み言が飛び出し、絡み酒はエスカレートし面倒くさい。

父は、我が父ながら、prety crazy な男で、その、山あり、谷あり谷あり谷あり、山あり、谷あり谷あり・・・の人生に、家族は本当に大迷惑をこうむってきた。

昭和15年生まれ、その時代を生きてきた日本男子特有の、プライドの高さと、羞恥心と自尊心と、恵まれた階層への憧れと拒絶と嫉妬・・・自己矛盾は普通の人と同じくらいかかえてるシンプルになりきれない人間臭い人。普通に生きることをつまらないと思ってきた彼の、滑稽なエピソードの数々は沢山有りすぎ。

これが他人なら、「面白いね~!」「わ~ドラマみたい~!」で済ますことが出来るし、彼は基本的に、crazyだけど善人で、他者へのサービス精神が旺盛な人だから、実際、一瞬会うだけの私の友人にも、「面白いお父さんだね~」と大人気。声がでっかい、エネルギッシュで、おかしくて愉快な爺さんなんだろう。

でも、身内となると、ただ笑ってるわけにもいかない。父が巻き起こすトラブルに、突きつけられる厳しい現実。寝耳に水の、足元から生活基盤が揺らぐような、目の前が真っ暗になるような、ひっくり返る現実に翻弄され、悔しい思いも、悲しい思いも、惨めな思いもして来たのは、彼の人生というだけでなく、私自身の生い立ちでもあるから。

だから、父を責める母の言葉に嘘はないけど、私に言わせれば、
「何今更?」
「母にも責任のいったんはあるし・・・」
「夫婦である以上お互い様でしょ?」

だからどちらかの味方をするつもりはさらさらない。母のカラミ酒が、なおもエスカレートしそうになったら小屋の二階にあがって、持ってきた本を読む。
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しかしさ・・・
客が来たときに限って、夫婦喧嘩を、家族喧嘩を始める人々。私、結構出会います。
あれはどういう心理からかな?夫婦二人きりだと、衝突したとき歯止めがかからず怖いから?
喧嘩後の修復も、二人だけだときっかけを掴めなくて大変。
でも、お互いに不満や要求はあるから、何かあればすぐにゴングが鳴る。

誰か第三者がいる前なら、安心してびゅ~~とその不満を噴出させても、着地点を見出せそうな気がするのかしら?独身の私は、幾多の夫婦が安心して喧嘩するための、ガス抜きするための、第三者としてしか関わらない。しかし、こちらにしてみれば、逆に強い絆を見せ付けられてるようで、愉快じゃないけどね。ガンマー波出しまくりの空間は気持ちも良くないし。身内でも私が行くたんびに喧嘩が始まったら、もう訪問するのをやめようかな?と思うしね。人は喧嘩も必要だと思うから、我慢して付き合ってあげてるんだよって事、
知ってて欲しいね~~。

これってなんていうのかな?なんかぴったりの言葉が有ったような?

鞘当て?
いい面の皮?
犬も食わない?

とにかく、夫婦の事は夫婦にしか分かりません。
両親と言えど、子供の私には本当のところは分かりません。
姉夫婦だって、姉妹と言えど本当のところは分かりません。

どうぞパートナーを持つ皆様、喧嘩しつつも仲良くね。
で、もうだめだと思ったら、一緒にいないほうが健康に良いです。
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と、そういうことを書きたかったんではなく、ライフラインの無い山の中で、静けさと暗闇の中で過ごした贅沢について書きたいのだった。

両親が住む山小屋は、京都北山杉の産地のど真ん中にある。
NTTの電話線と、関西電力の電線と、京都水道局の水道管と、大阪ガスのガス管に繋がれていない。

全くラインが無い小屋。

これって、何とか弱者とか言うのかな?

必要なエネルギーは自分達で調達する。毎朝氷点下になる冬は、薪ストーブが欠かせないし、太陽光パネルと、ディーゼル発電機を持つ。実は水力発電も有ったけど、去年9月の台風18号で破壊され、高価な発電機は再起不能に陥った。

ドライヤーは電気を食うから、使うときには必ず発電機をつけてから使う。ガスはプロパン。小屋のそばを流れる川にはオオサンショウウオが住む。オオサン
ショウウオが住めるほど澄んだ水は、直接飲んでも問題が無いが、鹿やイノシシや鼬やウサギなどの野生動物の糞尿が混じってるだろうから、煮沸してから飲み食いに使う。放射能汚染さえされなければ、今後も煮沸程度で飲み続けられるだろう。自前の浄化槽を地中に埋め、生活排水は浄化して川に戻す。

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風呂は薪で沸かす五右衛門風呂。水が冷たい真冬には沸かすのに二時間かかる。

超スローライフだ。

周囲何キロかに住む人は居ないが、山仕事の作業小屋はいくつもあるし、軽トラックが毎日入って来るし、両親と仲良しのお向かいの敷地のご夫婦は「菟麓」という、通いの料亭をやってる。春から秋の季節限定。完全予約。大自然の中で、本格的な京会席を堪能出来る。時々母が手伝ってるって言うから面白い。

北山杉で立派に暮らしを立ててきた山の住人の土地。
縁あって両親が住み始めて10年以上になる。
父はライフラインを引くために地主達と交渉してきた。
でも、どうしても「うん」といわない頑固な地主が一軒有った。

北山杉はブランド杉。

かつては高級な床柱になった。
人の手で植林されて、何十年もかけて人の手で枝打ちし、節の無い、まっすぐな美しい杉に育てられている。
そして何十年後、いい太さになった所で切り出し、商品になる。
その何十年かに一度の切り出し作業の時、

「電線なんか有ったら切り出せないだろ」

ってのが、その頑固な地主の主張。
父は地主が首を立てに振らないことに悔しがってたけどここに来て諦めたようだ。
無いなら無いで、自給自足でエネルギーを作り出すかと。
で、なおかつ少ないエネルギーでも、快適な山暮らしになる方法を見つける。
思考を少し転換し始めたようだし、その様子は悲壮ではなく楽しそう。
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超スローライフを楽しみ始めた父は、人の話に耳を傾けることが少しうまくなってるようで、ちびっと自分の弱みも口に出来たりして、肩の力が抜けてて・・・

素敵なほうに変わってた。
 
本気で、超スローライフを楽しみ始めてる我が両親との会話は、楽しかった。






電気が無ければ生きていけない。
電気が無ければ繁栄はない。
電気が届くところにしか人間らしい豊かな暮らしは無い。
人は、ライフラインの届かないところには住めないし、この日本で自給自足は不可能で、もしそんな人がいたらそれは原始人かきちがい。

それって本当ですかね?

便利になるために、引かれたラインが、いつからか私たちの暮らしを縛ってる。
便利という価値観が、社会が本当に幸せになる方向を阻止してる。

母方の婆ちゃんや、父の妹だったおばちゃんや、病院で亡くなった身内たちの、終末医療を受けていたその姿が、最後に病院のベッドで、沢山の管に繋がれていた姿が、人の住む家が、町が、国が、末期医療患者のように、便利という名の管に繋がれて、ようやっと呼吸している姿としてダブる。

先進国(どの部分が先進?)に産まれた私たち日本人。
おぎゃ~と産まれて死ぬまで、実は沢山の管に繋がれて、生き永らえてる?

私たちは自由?

放射能汚染で、何十年も、いや、何百年も”人が住めない場所”を、この日本の中に作り出してしまったのに、「原発は再稼動する必要が絶対にある」と言い張る、悪人顔の政治家達と、欲の皮が突っ張った、キツイ顔つきの経済人。

彼らが先進国日本の、我々のリーダー。


管つきじゃない人の家。
パイプの無い末期医療。
紐付きじゃない売春婦。

自由だね。

去年の暮れから読み始めた、エーリッヒ・フロムの「自由からの逃避行」
山でちょっと読み進んだ。
いわゆる娯楽書ではないから、どんどん読み進められないけど面白い。
ナチスが勢力を拡大していく頃に、書かれた論文。
何故人々は、自ら進んで自由を手放すのか?
何故自分を縛るものたちに、自分の魂を売り渡すのか?
この題名、自由への逃避行ではなく、自由からの逃避行。
この人ドイツ人。

去年見た映画「ハンナ・アーレント」
第二次大戦中に、ユダヤ人の彼女はドイツからアメリカに亡命し、
戦後のナチス戦犯裁判、アイヒマン裁判を傍聴し、その報告は同胞ユダヤ人たちから酷評された。
「なぜユダヤ人たちは、羊のようにおとなしく、大量殺戮収容所に引かれていったのか?」
この問いに、当時多くのユダヤ人協力者が居たことを指摘した彼女。
日々の自身の安全と引き換えに、多くの同胞を売ったユダヤ人の存在。
真実を語ろうとした彼女の態度は、加害者として自身を省みることが出来ない多くのイスラエル人達には、裏切り者呼ばわりされる。

これって日本のリーダーに居る。自身を省みることが出来ない人々。

明確に脱原発に舵を切った、今世界でもっとも尊敬される国ドイツ。

ドイツと同じ敗戦国日本は、世界からの信用をどんどん失ってる。

もう、私も人生半分過ぎたし、今更目先の利益のために、損得で動くことは時間の無駄だと心底思う。自分が嫌いだな~と思えることに、目先の利益のために同意するような、つまんない生き方はやめようと思う。世間で常識といわれてる事に、そうかな?と思いつつも「それ本当?」って言うことを恐れる生き方はやめよう。

で、私の思考と行動が変われば、善人顔の、気持ちの良い人たちに、もっと出会える気がする。世界中の本物たちに、もっと沢山出会えるような気がしてる。





二〇一四年、

普通の人々のちいさな幸せが、一番大切にされる、

そんな世の中に一歩でも近づきますように。

ちいさい「おででこ」も頑張ります。



 

2013年沢山の出会いに感謝!(おででこ公演より)

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私今深夜バスの中です。

なんとか年賀状の投函を終え、一路京都に向かう深夜バスに乗っています。 
今年の年越しは車中です。
年の初めの1週間、両親の住む京都の山で、
静けさの中にで過ごしてきます。
ネットもアウトなので、FBもブログもしばらく離れます。

世界中の人々の健康と幸せと、
世界の平和を心から願う新年です。

今年もどうぞ宜しくお願いします。





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