6/21.22に、2月に善光寺の堂照坊で公演した、「読む小泉八雲」を東京で再演します。場所、ステージ数など、詳細は近日改めてお知らせします。

再演ではありますが、全くの再演にはなりません勿論。
・・・つまり、大きな構成は2月とさほど変わらないと思いますが、作品は生き物ですので、寝かせて、時間を経過させている間に世の中で起こったすべての事象を吸収します。私の大好きなチーズやワインと同じです。そして又、観客の目に晒されれば晒されるほど、変化します。作り手は、その変化が進化であるかどうかに注意深く目を向けます。
・・・いやまあ、単純に面白く変化してるかどうか?かな?

だからきっと、2月にご覧頂いた方にも、今回は又違ったお土産を持って帰っていただけると思っています。楽しみにして下さい。


ニュースを見て思う事。

明らかに成りつつある被害の全容には・・・言葉を失います。心配なのは、長期化が避けられない避難生活のなかで、被災者が受ける心身の疲労と傷。そして現在進行形の原発事故。
私たちが一歩一歩辿らなければならない長い道のりが、今始まったところですね。
今後の復興に際して、願わくば、元に戻るのが素晴らしいとか、GNPのGDPの何位でなければ舐められるとか、遅い~とか、後れを取る~とか、人の目(世界の目)を気にして恐怖心を原動力にするのは止めませんか?と言いたい。
私たちは持ってないのだろうか?新たな価値観を構築する活力を。今までの幸福感を見直す賢明さを。ピンチをチャンスに変える明るさを。ゴールの見えない未来に向かって開き直って歩く勇気を。

最近私の頭によぎる単語。
・”関係ない”と言う言葉の無意味さ。
・すべての物は繋がっている。
・社会=マスコミという怪物は、人身御供、人柱、英雄を欲しがるのか。
・怒りの矛先の向けどころ。
・世界中から愛されていた事を知らなかった日本人。
・日本人の低い自己肯定感はいつから始まったのか。
・恐怖心を原動力にするのは国民病。
・謙遜というウツクシイ習慣が引き起こす弊害。
・シンプルな言葉が持つパワー。
・”かっこよさ”の基準が変わる時。
・天災と人災の境目。
・犯人は必要か。
・私達は被害者か加害者か。

そんな事をグルグル考えながら、小泉八雲を読み直しはじめています。