ブルーモスクの内部です。
強引にかって出ただけあって、K氏のガイドぶりは慣れたものです。
「ブルーモスクはいわゆるあだ名ですね。本当の名前はスルタンアフメットジャーミーと言います。スルタンアフメット1世が、向かいにあるアヤソフィアより立派な建物を作りたくて、建築家の○○に命じました。塔が6本あるモスクは大変珍しいですよ・・・天井から下げられている鉄棒の途中にはガチョウの卵がつけられています。蜘蛛が這い上がって蜘蛛の巣を張らないためにですね、ガチョウの卵はくさ~いですから蜘蛛も寄り付かないのです・・・」
結構面白い話を流暢な日本語でよどみなく話します。この人しょっちゅう日本人相手にガイドしてますな

私、元々お寺とか好きなんです。多分幾百年にも渡って、庶民が日々の生活の素朴な祈りや願いを唱えてきた場所と言うのは、ただそれだけで何だかちょっと切なくて、静かで謙虚で、おおらかで、反面厳しく恐かったり・・・。それに祈りの場は、その国、その宗教独特の美的感性が詰まっていて、芸術的にも興味深い。Fijiに行った時も、インド人のホームステイ家族にヒンドゥー教寺院に連れて行って貰った。その日は朝から野菜だけ食べて体を清め、彼らと一緒に裸足で寺院の周りを三周回った事を思い出す。3と言う数字が割りとポイントで、そのお参りの方法は日本の仏教スタイルにとても近かった。
このイスラム教の祈りの場は、天井が高くて、窓が沢山あって、日が燦燦と降り注ぎ開放的。日本のお寺の暗く湿った感じとは対照的です。夕方の日が差し込む堂内は、まるで白い靄がかかっているよう。K氏によると、明け方の日が差し込む堂内は、そのあだ名のごとく、青味がかって一際美しいらしい。
K氏、なかなかの博学で本当に日本語が上手い。その事について褒めると、「私は努力しました。私は自国の歴史と宗教に誇りを持っていますから、皆さんに正しくそれを伝えたいですね」とはっきりと言う。いやいやそれほどでも・・・なんて日本人みたいに照れません。
イスラム教のジャーミーに欠かすことが出来ない三つのもの、メッカの方向を指す表示と預言者が立つ階段と、椅子。
「学校は大嫌いでしたから、母が行けと言いましたが行きませんでした。父が早く亡くなったので苦労しましたが、私自分で勉強しました。私は世界中に友人が居ます。」
絨毯に座り込んで、母を相手に身の上話を始めるK氏。「そうなの、偉いわね~」と母。 何だかおかしな光景です
「この近くに私はお店を持っています。チャイをご馳走したいので行きましょう。」顔を見合わせる母と私、「やっぱり来た~!」
かくして我々はK氏のお店で本日二度目のウェルカムチャイを頂き、絨毯やトルコ石などを見せられ、K氏はセラミックの大皿を指ではじいて、「この音は本物だという音です」とご満悦。ところでこのお店の店員さん、K氏をはじめ、皆結構イケ面でスマート。奥さんが日本人だという20代のトルコ人青年、母の傍にかしずき、これまた流暢な日本語でソフトに話しかけてます。私達が何も買う気がないことがわかると、無理に勧める事はしません。どこぞのアジアの国の免税店みたいに、ちッ!なんて舌打ちしたりしません。
このお店、芸人の布川も訪れた事があるとかで写真を見せてくれます。芳名帳には日本人の書き込みが沢~山。私も書いてくださいといわれ名前と連絡先を残し・・・「明日も案内したいです」とK氏は熱心ですが、明日はボスボラス海峡クルーズの後、夜行バスでカッパドキアに向かうと言うと、「夜行バスはお母さんには疲れますよ?大丈夫?」「4時間ごとにトイレ休憩があります、貴重品はかならず持って行ってね」「本当に気を付けてね悪い人も居ますから、困ったら電話してくださいね」と連絡先を教えられ、「何時イスタンブールに戻りますか?私あなたが気に入りました、美味しいワインをご馳走したい」といつの間にか口説き?に入ってます
「気をつけるのはあんたにじゃないの?」と内心突っ込み入れる私。
このお店、いわゆるイケ面商法、キャチセールスだと思うんだよね。でもガリガリ売ろうとしないところが結構上手いし、日本の小金持ちのマダ~ムなら、どうせ買うならイケ面から買おうとほだされちゃうかも
お店を出ると、八時前なのにまだ明るい。ブルーモスクがライトアップするとの事なので日暮れを待つことに。トルコ第一日目のディナーはブルーモスクの前にあるオープンカフェでケバブを頂きました。パンとスープが旨い。
母と娘の珍道中、トルコ第一日目の夜が暮れて行きます。
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